美術の教養を身に付けて作品を見る目を養い、創作に活かそうという美術の時間。第7回目は現代アートに繋がる話です。なぜパッと見て理解できない意味不明な作品に高い価値がもたらされているのか?それは19世紀末の印象派の批判から始まったピカソやマチスらの造形主義の立場がありました。
目次(Contents)
19世紀末の印象派のおさらいと印象派への批判、造形主義
ここでもう一度印象派についておさらいしておきましょう。
参考記事→【美術の時間5】フランス革命期の新古典主義のその後を分かりやすく。ロマン派の台頭と絵画の近代化による印象派の出現。リアリズムが錯綜する19世紀西洋美術史。
印象派の特徴は同時代性にあり、今という時間や外に見える対象を描く姿勢でした。作品に個性はあれど、今を過ぎゆく時間や瞬間、目の前に拡がる空間を描き出そうという意図を持っています。印象派の画家はモネが代表的でしょう。
この印象派に対して、画家の主観の立場から絵を作るべきだという考えが出てくるようになります。絵画は自己表現であり、自分の美意識や心情を表現されたものこそが芸術だとする態度です。これが造形主義と言われるもので、自分の造形意識で絵を組み立てるセザンヌに始まり、自分の心情に基づいて絵を描くゴッホやゴーギャンが出てきます。
印象派が世界の外観を画面に映したのに対して、画家の主観に基づいて描いたのが造形主義です。セザンヌは自身の造形感覚そのものを絵に描き、ゴッホは自分の感情を絵に描き出しました。
印象派は造形主義の画家達に批判されてしまいます。外面の世界ばかり描いて、画家の主観がないとケチを付けられた訳です。そして、時代は客観よりも主観主義に流れていきます。ちなみに印象派の最後の画家はロートレックと言う見方があります。それは、ロートレックはあくまでも対象が同時代性にとどまっているからです。(彼はポスター作家として有名ですが、ポスター稼業はアルバイト感覚らしいです。)
ピカソやマチスの登場。ゴールポストを動かし、美術品の価値のあり方を変えていく。
そして20世紀初頭に造形主義のピカソやマチスが登場します。ピカソやマチスは一度は印象派に乗ろうとしましたが、対象を描く技術力の面でドガなど同時代の画家達に追いつくことが出来ませんでした。
そこで彼らがしたのが絵画に置ける評価軸の変更、ゴールポストを造形を重視する方向に持ってきたことでした。外界のモデルや自然事象といった対象にこだわるのでは無く、作者の方でディフォルメをしたもの、抽象化したものにこそ価値があると主張しました。ピカソやマチスら造形主義の画家達はセザンヌをこれまでに無い画面を作り出した天才だと評価し、ゴッホやアンリ・ルソーらを自分たちの源泉としました。ピカソやマチスらは造形主義(平面、曲線、模様が特徴)という立場で20世紀を切り拓くことになります。
現代アートが評価されるのは作家のスタイルが評価され、投資対象としての価値を持つとされたから。一方で昔ながらの古典絵画は衰退して評価されなくなっていく
そして時代は次第に対象を描いてきた画家達から、こうした画家独自の造形性を打ち出した自分なりのスタイルを作品として評価するような流れに入ってきます。これが現代アートの、子供でも描けそうな作品や訳が分からない作品が評価されることに繋がっていくのです。
ピカソやマチスらが起こした造形主義は時代に勝ち、主流となりました。美術作品がこれまでの技術重視のものから、作家のスタイルを売りに出す、アーティストのスタイルそのものを作品とするような流れになってきたわけです。
これまでの何らかの対象を描いていた画家達は純粋な造形主義の立場から否定されるようになります。絵画(Pictures)から造形物(Paintings)が評価される時代になり、伝統的な絵画技術に基づいた虚構を描くことは影を潜め、抽象画が評価される作品の主流になっていきます。
造形主義のもたらしたもの 現代アートの評価軸は作家のスタイル。オリジナルのみが評価され、コピーや模倣には価値がないとされる。
20世紀には他にもバウハウスやロシア構成主義が出てくるようになり、デザインや画面構成の世界で純粋な造形が追求されるようになります。アールデコは抽象形態と美術を結び付けようとしました。
20世紀は造形の時代であり、対象を持った絵画というものを否定した時代です。
これまで対象を映したり虚構を描く伝統的な絵画がテーマとしたものは写真や映画に移ってきます。ピカソらの動かしたゴールポスト(評価軸)が現代アートの評価軸です。
これがどういうことかというと、オリジナル絶対主義ということです。手形や証券のように、コピーされた作品には価値がないとされます。どんなに子供でも描けそうな単純な作品に破格の値段がついていたとしても、コピー品には価値が一切ありません。
伝統的な芸術は模倣は当然のこととされました。バロック絵画の巨匠ルーベンスは絵画の巨人と称えられるティチアーノ作品を模写し、作品に残しています。伝統的な絵画では使い古されたモチーフを自分の作品に取り組むのが当然のことでしたが、現代アートになるとこれらの要素は否定されます。
現代美術の評価基準は、自分だけの区別がつくスタイルを持っているかどうかです。絵画の技術ではなく、絵とは関係が無い作家のスタイルの投資価値で判断される時代です。伝統的な絵画本来の技法を活かした作品は評価されず、作家のスタイルの投資価値で価値基準が定められます。
面白いのが、スペインには長くフランコ政権でかなり保守的な体制が敷かれていましたが、結果として絵画の伝統が生き残り、リアリズムが残っています。スペインリアリズムと言われる作品がそれで、美術の評価基準は時代の情勢にも影響を受けているのです。
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参考・出典
・「美術史の基礎概念―近世美術における様式発展の問題」ハインリヒ・ヴェルフリン(Heinrich W¨olfflin)
・「美術の歴史」H・ジャクソン&カウマン著 木村重信・辻成史訳 創元社 (1980/01)
・「絵画の見かた」ケネス・クラーク(Kenneth Clark)
・「芸術と文明」ケネス・クラーク(Kenneth Clark)