黒川塾58「アニメーション制作の現場で起こっていること」に参加してきた。

2月28日(水)東京ネットウェイブ(千駄ヶ谷)で行われた黒川塾58「アニメーション制作の現場で起こっていること」に参加してきました。

普段の黒川塾はゲーム業界の話が多いのですが、今回はアニメーション制作の現場をテーマに「この世界の片隅に」の制作プロデューサー真木太郎さんとジャーナリストの数土直志さんをゲストに迎えてアニメ業界のビジネスの話をたくさん聞けました。

黒川塾主催の黒川さんも元は映像配給会社にいて真木さんとは長い付き合いなのだとか。ジャーナリストの数土直志さんはかつて「アニメ!アニメ!」というアニメ情報サイトを立ち上げ、現在はジャーナリストとしてアニメーション関連の執筆活動をしているそうです。

「この世界の片隅に」の制作の舞台裏

「この世界の片隅に」は今でこそロングヒットの大成功を収めた映画となっていますが、初期の段階では「この世界の片隅に」はヒットするとは全然思われなかったそうです。そのため予算を集めるのが大変だった話が聞けました。

「この世界の片隅に」はもともと片渕須直監督が2010年に企画をし、真木さんは2013年頃に予算集めを手伝う役目としてプロジェクトに参加したそうです。映像・映画の企画は時間がかかる仕事であり、特に原作ものだと契約や原作者との意見交換もあるので形として出されるまでに数年はかかるのが当たり前の世界だとか。

「(原作)コミックがあったけど、 実際にコミックは動かないし、色がついてもいない。お話自体も70年以上前の話。当時の写真も残っていないし、残っている写真もだいたいモノクロのものしかない。カラー写真はアメリカ軍が撮ったものが残っていたが、(アメリカ所有のため)取材にものすごく時間がかかった。監督は平行してシナリオ、絵コンテをかく。ファイナンス、資金調達が上手くいかなかったので、私(真木)が呼ばれ参加した。私のやれる範囲で独自に仕事を進めていた。片淵監督は取材をしながら絵コンテとシナリオを書いていた。」

片渕監督はギリギリの生活を送っていたとのことで、監督が携わった「BLACK LAGOON」(公式)のDVDの印税収入・貯蓄でどうにか極限の生活を乗り越えていったのだそう。当時はDVDが今と比べて売れた時代だったので、時代も幸いしどうにか生活できたのだそう。

仕事を進める上で、お金がないのも十分に大変だけれども仕切る人、プロデューサーが不在だったことが一番の大きな問題だったそうです。制作チームがどこに向かっているのか、全体をまとめ仕切る人の存在は欠かせないのだそうです。

資金調達について

続いて、「この世界の片隅に」の資金調達の話がありました。アニメ映画の伝統的な出資者からは「売れる映画」とは全く思われていなかったそうで。

「アニメ映画も一般的なビジネスとしての、資金調達のイメージを持つ必要がある。投資と回収の概念が出てくる。証券会社がエビの養殖の話を事業社に持ちかけてくるのと一緒。目録書があって、数字の内容・目録が重視される。そのため、事業計画書を書く必要があり、そこにリアリティを持たせていく必要がある。投資家に説明し、納得してお金を出してもらうことが必要になっていく。過去の監督の類似作品の興行収入がどれぐらいだったのかも調べていく。(残念ながら)今回の片渕監督の場合、前2作品はヒットしたとは言えない。出資者にこの監督はあまり売れていないという印象があった場合、この監督の次回作は当たるかもしれないという口説き文句は通用しない。」

しかし片渕監督の「人に説明する力」が大変優れていると感じた真木さんは「この世界の片隅に」の資金調達の仕事を引き受けることに。その過程で多くの付き合いのある友人たちから「この仕事辞めた方がいいよ」と何度も忠告されたのだとか。

「俺ぐらいの年齢になると”親切な”お友達も増えてくるのだが、周りのみんなに真木さん、辞めた方がいいよこの仕事って言われたよ。」
「この映画はアニメじゃなきゃ表現できないモノを持っていたが、全く安全パイには見えなかった。監督の実力は認めるが、商売として見るとこの映画当たらないよな、となってしまう。」

ジャーナリストの数土さんも、「この世界の片隅に」は頭がいい映画(深く考えさせられる映画)に分類させられるものなので、娯楽を求める一般大衆には受けないのでは?との見方をしていたとのこと。

一年ほど資金調達のゴタゴタが続き、その中で片渕監督の印税貯金も少なくなりずいぶん苦労したといいます。従来のアニメーションだと制作委員会、出版社、グッズ展開などのマーケティングを含めてどう商売するのかを見定めて出資が行われるのですが、「この世界の片隅に」はそれができなかったのです。

そこでクラウドファンディングを決行することに。当時(2015年)日本ではクラウドファンディングは眉唾物で、怪しい、詐欺ではないのか、など散々な評判だったそうです。いわゆる、“危ない”お金の集め方なので、クラウドファンディングを実行するにあたり法律なども詳細に調べたといいます。

結果的にクラウドファンディングで多くの支援者が出てきて、この作品に期待する多くの人から充分な熱量を感じることができたことが推進力となりました。このクラウドファンディングの熱量に押され、本来投資する側の出資者からも投資の話が舞い込んできはじめたのです。

アニメ業界とお金の話

話はアニメーション業界のお金の話になりました。

安月給なのはどうして?

アニメ業界は非常に安月給なことが話題になりがちですが、その原因はクリエイターにお金が回らない仕組み、システムにあるとのことでした。アニメ業界としては近年海外などの配信ライセンス事業の波もあり好調な流れが続いていますが、利益の大部分が出版社や広告代理店に流れてしまうとのこと。実際にモノを作る現場は多くても年収数百万にしかならないのに、出版社の正社員は普通に年収1000万を超えている人がゴロゴロいて、アニメ業界は同じ業界で働いているのに貰っている人とそうでない人との格差が非常に大きい話がとても印象に残りました。利益をクリエイターに還元するシステムが必要とのことです。

「30~45歳ぐらいの仕切っている人は年収1000万超えている。でもそれはアニメ会社だと社長レベルしかない。同じ産業で働いているのに、出版社、広告代理店、音楽会社などはめっちゃ給料高い。」
「イタリアのディストリビューター(配信業者)によると、日本はみんな中抜きしているから、 制作元にお金が入らないと話していた。」

ゲーム業界との比較では

ゲーム業界はプロデューサーも制作も同じ一つの会社で完結することが多いためこうした問題は起こりにくいそうです。アニメ業界は制作・プロデューサー・パブリッシャーが同じ会社に属していることが少なく、別の会社・組織として仕事をそれぞれ請け負う形となっています。そのため制作側は立場の違いから金銭面などで強く言えないため、慣習的に現場は安い契約での仕事が続いてきたとのことです。

「ゲームは総じていい。 開発受託だと多少下がるが、そんなに大きな差は無い。 仕切る人と現場がおなじ会社だから。アニメは儲かったときは儲かるが、そこは個人のギャランティの部分が大きい。アニメは指揮する人と、現場の人が分かれていて、元請けする前に既にぬかれてしまっている。業界の仕組みとして元々払われる原資が低すぎる。だったらその仕組みを止めちまえって話になるけれど、すぐにはやめられないし、単純な話ではない。」

ただこの仕組みもビジネスモデルの変化、特に海外でのアニメ配信事業といったストーリーミング配信が台頭し、徐々に現場がお金をもらえる仕組みができつつあるとのこと。まだ変化には時間がかかるが、日本は外圧(海外からの圧力)が起こってようやくシステムが変わりつつあるとのことでした。

「Netflixや中国が台頭してきて、金銭面でよくなってきた。むこうが制作に3000万出すというので、他の日本の企業も現場にそんぐらいださないといけないなって思うようになる。昔に比べて、高い単価の案件が制作側に降ってくるようになった」

伝統的な制作委員会の話

アニメの場合は伝統的には制作委員会が制作会社に出資することでアニメが作られます。この制作委員会は日本的な資金調達の仕方で、基本的に出資した作品のライセンスなどの手数料商売をして利益を得ています。アニメ制作には多額のお金が必要になりますが、日本の銀行は担保が無くてはお金を貸してくれないため、制作員会を設けることで、出資者のリスクを分散しつつお金を集めるのです。

「ざっくり制作委員会というが、全部バラバラ。会社ごと制作委員会のルールは違う。基本的に手数料ありきで日本的な資金調達の仕方。」

多くの会社が出資して制作委員会を組むとリスク分散のバランスが取れますが、1社しか出資する会社が集まらない場合は手数料をとっても仕方ないので制作委員会というシステムが不要ではないか、とも話していました。

この制作委員会のシステムも変化が起こっているようで、制作委員会をあえて使わずに、出資社の数を2社3社に絞る流れが起こっているとのことです。その背景には映像パッケージの販売力が落ちており、最も利益を生む配信権利を少数の会社が持つ流れになっていることがあるとのこと。みんながみんな海外配信の権利を持ちたいので、制作側も「もっと自分たちの内側の人たちだけでやろう」と利益の分散を避ける方向に舵をきっているとのこと。

アニメ業界の収益について

映像パッケージの話がありましたが、かつてはお金を得る方法が100あるとしてそのうちの80が映像コンテンツで得ていました。しかし、現在は音楽20、イベント20、パッケージ20と収益が分散しています。そして最も利益を出せるのが海外配信の権利なのです。

アニメ業界のこれから

まだまだ制作プロダクションにサラリーマンのような安定した給料を出せるところが少ないのが問題です。また、作品の質としても粗製濫造の作品にあふれていて、ほとんどのクリエイターが生活のために仕事を掛け持ちしている現状があります。

「ラノベを筆頭に、作り捨てのチャンピオンが生まれている現状だ。出版社もとにかく、書け、書け、と作家を促し粗製濫造の流れを作ってしまっている。出版社が本来果たすべき作品のフィルター機能が低下して、いちユーザーとしては嫌になっちゃうね。」

制作側が自転車操業状態になってくると、デジタル化への投資ができなくなっていきます。また、完品納品で初めてお金が出てくる状況だと資金の余裕と銀行の借り入れがてできる資本力のあるスタジオが残り、中小が圧迫されるか吸収されていくでしょう。アニメ制作会社はグループ化されることで生き残る流れになってきているとのこと。

「構造不況はものすごくあり、手をつけるものがたくさんある。アニメに限らず「クリエーターというのはどこから出てくるというのか」というものを考えたときに、答えは個人のエナジーでしかない。1人だろうが、小さいスタジオだろうが、いろんなところから才能が出てくる。 それらがたくさんないと、裾野が広がらず、業界のピラミッドの頂点も伸びない。」

日本のアニメ産業と海外

最後に日本のアニメの海外展開についての話をまとめておきます。

70年代、80年代にヨーロッパを中心に、日本のアニメブームが起きていました。しかし、その時はネットも無く、日本からは見えないため権利関係を無視した勝手なビジネスがされていました。

制作現場としては、中国・海外勢のクオリティが日本に追いついてきており、更にアイデアといったコンセプトの部分でも追いついてきます。国と国とを比べるとそれぞれの好みがあるので、日本の制作会社が生き残っていくためには依頼されたらどの国のマーケットでも作れるようにならないといけない、とのことでした。

フランスではジャパンエキスポなどの催しで日本のアニメが人気ですが、真木さんはフランスよりも南米の方に可能性を感じているとか。

「フランスは教育的で、行儀が良いこと(教育的で教養的なモノ)が重視されるが、南米はゆるくてもっと日本のアニメが爆発的にヒットする素地があると思う。更にもっと未開はインド、ロシアで、インドは純粋に人口が多いのが魅力。ロシアは広いのでどうやってカバーするかが問題だが、ロシア語圏は実は世界に広く、まだ誰も手をつけていない分野で開拓のしがいがある。」

中国市場について

中国は大きな魅力的なマーケットですが参入するのがとにかく難しいとのこと。中国人で日本のアニメでビジネスをしているビジネスマンが疲れてきているそうです。中国は国が大きすぎて思ったスピードで成長している感じを実感できないことも多く、現実は期待とはまるで異なったものだそうです。中国は省によって守らなくてはならない決まり事も異なり、さらに今は政府による表現規制も強まっているので配信規制を恐れ、中国市場参入に慎重になってきている人たちが多いのが現状だそうです。

「中国はゲーム市場はものすごいし、映画の興行も北米を抜くほどだ。日本のアニメの親和性もあるけれども、ビジネス的に言うと海賊版問題もあり、投資しても儲からない市場に見える。中国で儲けるには、ゲームとくっつかないといけない。アニメだけではそんなに儲からない。しかし、ネット依存は日本の比ではなく、オタクの割合は世界で一番いるから可能性は感じている。」

また、世界的に日本のアニメはすでに高騰しておりこれ以上高くは買えないそうです。海外も映像以外で儲けていく流れに入っていて、これからは配信権利といったライセンスビジネスの流れが強まっていくだろうとのことでした。

感想

ビジネスとお金の観点からアニメーション業界について多くの学びを得た回でした。クラウドファンディングで出資を募ること自体が作品のプロモーションにもなることや、アニメ業界とゲーム業界との違い、低賃金の原因である業界特有の構造不況、さらには海外でのアニメコンテンツの人気や中国市場は想像以上に参入が難しい事情などためになる話がたくさん聞けました。

◆参考リンク

黒川塾58 案内ページ
「この世界の片隅に」公式ページ
「アニメ!アニメ!」公式サイト

 
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