美術の教養を身に付けて、作品を見る目や創作のヒントにしようという美術の時間。第9回目は西洋絵画における静物画の立ち位置についてまとめます。絵画は宗教画が上とされ、静物画は絵画の主流ではありませんでした。そして静物画は神への捧げ物の他に、贅沢への戒めの意味がありました。
目次(Contents)
静物画の二つの流れ 神への捧げ物と贅沢への戒め
絵画は中世からルネッサンスにかけて、ヨーロッパでは贅沢品とみなされていました。特に贅沢品を戒めたのがキリスト教で、静物画を家に飾るにもそのための口実を設ける必要がありました。
静物画には二つの流れがあり、一つには神への捧げ物としての静物画があります。こちらは野菜など主に食糧になるものを描いて神に捧げる役割がありました。
一方で家に飾るものは、「贅沢への戒め」という寓意的な意味を込め、金銀、花々、果物等が描かれました。いつまでも繁栄が続くわけではない意味を込めて花瓶の花には枯れた花を添えたり、死を象徴するドクロや死んだ虫などが小さく描かれることもあります。
どちらの静物画にせよ、対象をありのままに描いたものというより、篭に入れたり、花瓶に収めたり、何かしら意味を含ませていました。絵は飾ると綺麗ですが、時代背景としては贅沢は嫌らしいものとして見られており、社会的に成功した家の居間に絵を飾るからには、敬虔なキリスト教信者である事をどこかで示す必要がありました。それなりの地位を築いた家は「贅沢三昧な生活を送っている」という社会批判を避ける意味でも、絵を飾るための口実を所有する絵に取り入れる必要があったわけです。
日本や東洋の絵画は花鳥風月。季節で移ろいゆく自然を味わう画面は西洋には無かった。
それに対して日本の静物画は花鳥風月が特徴です。季節で移ろいゆく自然を味わっていくのですが、ヨーロッパには花鳥風月を味わう習慣はありませんでした。東洋はありのままの対象を描きますが、ヨーロッパの静物画は篭に入れたり、花瓶に入れたり、何かしら人為的・寓意的な意味を込めたりしています。
それがアールヌーボー運動により東洋趣味が入ってきました。ありのままの植物や動物をモチーフにした作品が生まれてきます。ヨーロッパには日本のような静物画は無かったのがポイントです。
オランダなどの地域ではだまし絵が発達
オランダではルネッサンス期から宗教から離れて楽しみとしての静物画、遊びとしてのだまし絵が発達していきます。
オランダは元々顕微鏡とか双眼鏡とか光学器械が発達した視覚の遊びの中心地でした。だまし絵の手法であるトロンプルイユは目の錯覚を利用したものですが、オランダで生まれただまし絵の小品の数々は沢山のコレクターがいます(ゲームで言うファミコンコレクターみたいなもの)。
だまし絵の手法は20世紀にシュールレアリスムに取り入れられ、マグリットなどの作家に大いに利用されるようになります。
今度美術館に行くときは、西洋の静物画をよく見てみると豪華な食事のシーンでお皿がひっくり返っていたり、瓶が斜めになっていたり、新たな発見があるかもしれませんね。
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参考・出典
・「美術の歴史」H・ジャクソン&カウマン著 木村重信・辻成史訳 創元社 (1980/01)
・「A BASIC HISTORY OF ART」by H.W. Janson and Samuel Cauman published by Harry N. Abrams, Inc New York 1971