美術の教養を身に付けて作品を見る目を養い、創作に活かそうという主旨の美術の時間。今回は西洋美術における絵画の役割についてまとめます。写真の登場によって絵画の役割はどのように変わったのでしょうか。
目次(Contents)
美術の役割の変遷 装飾・写実(記録性)
美術作品は本来は装飾のためにありました。しかし、ルネッサンス以降(15世紀末~)絵画技術が向上したために奉納画に寄進者(パトロン)が描かれるようになります。聖人やマリア像の横に控えめに寄進者の像や家族、画家の肖像が描かれるようになりました。
・透視図法(パース)や明暗法の発達や研究成果が活かされてきた時期。
→15世紀の半ば頃から画家の研究者としてパオロ・ウッチェロやピエロ・デラ・フランチェスカが透視図法の研究を行い、絵画の技術として完成した。それ以前はマサッチョが消失点を発見したり、線遠近法・数学的遠近法(遠くが小さくなる)などが使われていた。
→明暗法はティチアーノ辺りの作家が光源を設定しはじめた。それまで絵画では光源は特定されておらず、ダヴィンチもあいまいな光源設定だった。ティチアーノやベネチア派と呼ばれる人達の光源を一つに絞る明暗法によって絵画全体が急激にリアリズムを帯びてくるようになった(絵画が写実的なものに)。
ルネッサンス以前は聖人しか描かないのが普通で、似顔絵風の絵や理想像が描かれますが、主にイコンとして所有物や図形の属性(アトリビュート)として何が描かれているのか説明していました。
17世紀には博物画などのイラストレーションとして絵が多用されるようになります。それと同時に、肖像画などの記録画像として絵画が利用されるようになり、独立した肖像画が成立してきます。絵画は肖像画や博物画と結びつき、記録性を帯びるようになります。
記録性を帯びた絵画の役割 美と調和を目指すか、ありのままを目指すか
絵画が記録性を帯びる前は、象徴や物語、神話や宗教を描いた作品が絵画の役割でした。しかし、写実的になり、記録性を帯びるようになると自分たちの現実の世界を描くようになります。
古典主義的なジャーナリスティックな絵画といえば、その人の一番美しいときを描いたもの(美化されたもの)であり、パトロンが40歳であっても20歳のころに戻したり、モーツァルトのように実際には醜男でも美化して描いたものがあります。こうした美化は美と調和を目指したものでルネッサンス的(古典主義的)な記録絵画です。
一方でバロック期(17世紀、1600年~)になると、老人なら老人として、障害者なら障害者として描きました。バロック期は自然科学の発達と精神があり、理想よりも現実が大事だという意識がありました。
例えばオランダのフェルメールは当時の生活を土台に絵を描いています。描かれているのは当時の生活で、フェルメールはヨーロッパ最初の共和国オランダの、パトロンが貴族ではない=貴族の援助を受けずに市民を描いた最初の画家です。フェルメール作品は市民社会の象徴としてオランダの国宝とされています。
19世紀に現れた写真術によって絵画の記録性は写真にとって変わられる。
記録性が絵画の重要な役割として認められるけれども、19世紀に現れた写真術によってその役割は写真にとって代わられるようになりました。17世紀のバロック期から始まった絵画の記録性は約3世紀にわたって重宝されたというわけです。
ここで重要なのが、バロック以前の絵画は写真の登場によっても何ら立場を変える必要が無いということ。想像上の物語や世界を画面に描く試みはバロック以前からありますが、今ではそうした技術はゲームやアニメ、映像作品などの分野で活かされているようです。
参考文献
・「美術の歴史」H・ジャクソン&カウマン著 木村重信・辻成史訳 創元社 (1980/01)
・「A BASIC HISTORY OF ART」by H.W. Janson and Samuel Cauman published by Harry N. Abrams, Inc New York 1971