イスラエル人歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんの「サピエンス全史」を読了しました。本書は上下巻に分かれていて、上巻は古代まで遡り「人類の中でもなぜホモサピエンスだけ生き残る事が出来たのか?」を取り上げ、下巻では科学技術を軸に「何が人類をここまで大規模に発展させたのか」について近現代を中心にまとめられています。本まとめでは上巻を扱います。一体何が他の動物種と人類を大きく分けたのでしょうか。
目次(Contents)
私たちは唯一生き延びた人類種
人類が登場したのが250万年前の東アフリカ。アウストラロピテクスという猿人から進化し、それぞれ地域や風土に馴染むために種々多様な人類が生まれました。その中にはまだ私たちの知らない人類種もあるのだとか。私たちは全員、人類の中の「ホモ(ヒト属の)・サピエンス(賢いという意)」に属しています。色んな人類が居ましたが、全て絶滅し今の人類はホモサピエンスだけが現存しています。
人類の特徴は巨大な脳です。脳は膨大なエネルギーを要求する代わりに人類に思考力を提供しました。人類は肉体的には他の動物に劣りますが、器用な手足で道具を作り、火を操り調理が出来るようになったことで多くの動植物から栄養を摂取し、食物連鎖の頂点に立ちました。
「虚構を信じる力」が人類を今の地位に押し上げた
では、なぜ人類の中でもホモサピエンスだけが世界を征服できたのでしょうか。その理由は「言語」と「虚構を信じる力」です。実際には存在しないもの、虚構の存在や信念、ファンタジーや物語を信じることで全く見ず知らずの人々が協力し合うことが可能となりました。一人一人の力は弱いホモサピエンスも、多くの個体が協力する事で信じられない力を持ちます。「集団」で「虚構を信じる力」がホモサピエンスを今の地位まで押し上げ、他の人類種の絶滅を決定づけました。力では他の人類種に劣るホモサピエンスが一人勝ちしたのはこの言語と共通の神話(虚構)を信じる能力にあったのです。
国民、貨幣、会社組織(法人)、人権、宗教、善悪なども人類の共通認識以外に存在しない虚構の存在です。交易・貿易も見ず知らずの人々が貨幣に価値があると信じることを前提にしています。現実には存在しない「虚構」。それらをみんなで信じる事で大規模な協力体制が生まれます。物語(虚構)の力はホモサピエンスと他の動物と人類種を大きく隔てる力なのです。
古代の人類の生活とは
著者が歴史学者なので、本書では古代の人々の生活についても述べられています。そこでは、実体を精査し結論づけ、調査していくことがどんなに難しいかが述べられています。実際には古代の生活は分からない事だらけで、考古学者の好みやこうあって欲しいという思いに左右されてしまうものだといいます。
ただ、人類が地球史上最も危険な種族であることは間違いなく、人類はこれまでにない侵略者であり、先住民である他の人類や原生動物を根こそぎ破壊し、侵略していったことは間違いないとのこと。今の人間がどれほどのことをしようとも、過去の人類が行ってきた事に比べれば些細なもので、これまでに多くの動植物が絶滅に追い込まれました。
太古の昔から人類は破壊者であり侵略者であって、何も「近代になってから環境破壊や大量殺戮がもたらされた訳ではない」という視点が得られたのは大きい。
農耕がもたらしたもの
かつて人類はみんな狩猟採集民でした。狩猟採集の生活スタイルでは自然と人々は淘汰され、繁栄をするにもある一定の範囲を超えることはありませんでした。
しかし、農耕の発明により人々の生活スタイルは大きく変わりました。それは一本道で、もう後には戻れない生活スタイルでした。
小麦、稲、ジャガイモなどは、単なる脇道に生えている雑草や植物でしかありませんでした。今では世界中どこへ行っても栽培されています。それは農耕の発達により、ホモ・サピエンスがこれらの植物に支配されてしまったのです。特に小麦は中東の狭い地域に生えるただの草でしか在りませんでしたが、生存と繁殖という観点からすると小麦ほど成功した植物はありません。
小麦は非常に手間が掛かる植物です。小麦のために土地を開拓し、岩をどけ、綺麗な水を灌漑し、虫や病気がつかないよう見張る必要があります。人類はいつしか四六時中小麦の世話をするようになりました。収穫した小麦や農耕地を脅かす別地域からやってきた人と戦争をすることもありました。移動が出来ない農耕民は自らの財産を守るために狩猟採集民よりも後に引けない激しい闘いに巻き込まれる事態になりました。
なぜ小麦は人類を説得できたのか。なぜ人は苦労をして、不便に耐えてまで小麦を栽培し続けるのか。それは同じ土地面積から得られる食物の量にありました。人類は農耕定住生活を送ることで狩猟採集民の生活では考えられなかった程の繁殖ができました。しかし、繁殖をしたが故に家族を支えるため狩猟採集民の生活には戻れなくなり、農耕面積を広げて更に農耕を続けることを余儀なくされていきます。人類全体から見れば農耕社会は数の上で繁栄をもたらしたものの、個人単位で見ると多くの農耕民は狩猟採集民と比べると満足度も低い生活を余儀なくされていました。
災害や天候、飢饉などによる未来への心配がこのとき植え付けられました。狩猟採集民の生活では未来は短く、現在と長くても今日一日の世界だったのが、農耕定住生活になってからそれは大きく変わり、数年、数十年先の未来まで考えて私たちは生きる事を余儀なくされました。人が小麦を栽培するのではなく、小麦が人を操っている…。普段食べている小麦の見方が変わりますね。
家畜に関しても同様で、現代の家畜化された牛や鶏などはDNAの拡散という観点から見れば生物学的に大成功していると言えるけれど、個体としての心や感情は一切考慮されず、ただ製品として生み出され出荷されていきます。これほどまで惨めな存在はあるのだろうか?と考えさせられました。卵や乳製品を含む一切の肉食をしないヴィーガニズムの考えになる人の気持ちが分かります。
■農耕社会がもたらしたもの
<繁栄>
・人類という種全体での繁殖
・余剰食糧による芸術や文化の発展。
・社会的ヒエラルキー。戦争や政治、国家という何百万、何千万単位の繁栄。
<悲劇>
・領土争い、紛争、強奪。
・将来、未来への不安という感情。
・天災による栄養失調、飢饉。
・関節炎など身体の不適応(人類の体は狩猟採集生活に適応するように進化している)。
逃れられない想像上の秩序(虚構)
一般的な動物たちは遺伝子コードに刻まれた行動原理に沿って動いていますが、人は自らが想像した虚構である神話や秩序の上で動いています。資本主義や個人主義、共産主義や儒教などの道徳や貨幣経済など全て人が作り出した想像上の秩序です。本書ではこの想像上の秩序からはどうあがいても脱出することが出来ず、脱出したと思ってもそれは別の想像上の秩序に乗り換えただけに過ぎないと言っています。
みんながみんな同じ事を信じているので、自分一人だけ考えを変えても変人扱いされるか社会から見放されてしまいます。一つの虚構を変えるにはそれこそ何百人、何千万人、何億人単位の人の考えを一度に変える必要があります。かつては王や支配者が自らの物語を示すために各地に石碑を立てたり記念硬貨を発行したりしました。
人間は共通の虚構を信じる事で見ず知らずの他人同士でも集団で生活できます。今ある当たり前だと思えることも、誰かが思いつき、みんながそれを信じて、その信念に基づき価値や判断をしているに過ぎません。常識や価値も時代によって移ろいます。
そう考えると、人はもっと自由に、自分の好きなように自らの虚構を信じて生きていけば良いのではないか?とも思いました。大きな資本主義という虚構からは逃れられませんが、もっと小さい虚構、個人の人生で何を仕事とし、どう生きるかについては自分なりの物語を自分で紡いで生きていけば良いのではないかと思いました。
虚構の秩序を残すために文字を発明した。
文字は人々の虚構を残すために発明されました。法律や神話といった虚構を残すために、本来人の遺伝子コードにはない「文字」を人は修得するようになります。支配者の考えや物語を広めるため、バビロニアを統治したハンムラビ王は各地に自ら定めた法の石碑を作らせました。こうした法律や税の納税記録など実用的な文章を記すために文字は使われ、文字を使えることがエリートの証でした。
数式も同様で、税の計算のために数の概念が発明され、数理的書記体系が整備されていきました。普通の人が数式を読めないのは当然であり、そもそも人は数理的思考を必要とはしていなかったのです。それが農耕が発展し社会の複雑さが増すにつれて数理的思考が要求され、人は自分の遺伝子に備わっていない数理的論理思考を訓練で身につけていきました。
人の話し言葉とは全く異なるこの数理的思考能力は人本来の遺伝子にはない要素であり、文字と数字の発明により数式という思考の外部ツールを持つ事が出来た人類ならではの能力となりました。
まとめ
・私たち人類(ホモ・サピエンス)は「言語」と「虚構を信じる力」(本書では認知革命と言われている)で世界を征服した。
・古代の人類は史上最大の侵略者であった。
・農耕定住社会は人類に繁栄をもたらし、文化の発展の土台となったが未来への不安と飢饉、格差社会を生み出した。
・共通した虚構を信じる事で人々は結びついた。法律などの秩序も想像上のもので、その時その時代に多くの人に信じられているものが正しいとされる。
・人類は統一に向かっている。現段階では貨幣という虚構(資本主義)が世界を支配している。
・帝国という支配システムによって、グローバル化が一気に進んだ。文化は入れ替わり、混じり合い、その土地特有の純正な文化というものは存在しない。
総評
教養 ★★★★★★★★★
知的好奇心 ★★★★★★★★+
満足度90%
当たり前を見直す激しく知的好奇心を揺さぶる名著。読み終えるまで分量がそこそこありますが、内容が面白くて一気に読み終えてしまいました。下巻と比べると上巻の方が人類のルーツから今に至るまでの流れがダイナミックな勢いで語られているので面白いです。本書で語られる具体例や文章の流れがどれも心に滑り込む感じで、ホモサピエンス発展の見識を得る事が出来ます。特に農耕と家畜の項目はこれまで意識しなかった小麦が人類にもたらした影響や人の意のままにされ、消費される動物たちの事が思い浮かび悲痛な思いになりました。
全体としては物語(虚構)の持つ力を軸に話が展開されていて、面白い物語を作ることよりも、広く大勢の人に信じられる物語を作るのが難しいとのこと。その点世界で最も読まれている聖書を最初に書いた人はとんでもない偉業を成し遂げたと思います。
空想や想像した物語(虚構)を文字で残すために書記体系が発達し、そこから数字や文字が発展し、人は思考の外部ツールを手に入れました。数式という外部思考ツールを手に入れた人類は数理的思考を発展させていき、それが現代社会でなくてはならないコンピューターやインターネット、テクノロジーの進化に繋がっていきます。
全ては人の虚構を生み出す力とそれを集団で信じる能力から始まった。歴史って面白い。
「サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福」/「Sapiens: A Brief History of Humankind」
ユヴァル・ノア・ハラリ / Yuval Noah Harari (著)
柴田裕之(訳)
河出書房新社 2016年9月30日
関連記事
・【まとめと要約】「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」 下巻 ユヴァル・ノア・ハラリ(著) レビュー
・「最高の体調」要約&まとめ 鈴木祐 (著) 進化医学のアプローチ 豊富な科学的知見から現代人の病理にメスを入れた本