【書評と考察】「もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学」なぜ人はハマるのか?何が人を駆り立てるのかについての幅広い見識が得られる有意義な一冊。

【書評と考察】「もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学」なぜ人はハマるのか?何が人を駆り立てるのかについての広い見識が得られる有意義な一冊。

なぜ人は何かに没頭し、ハマるのでしょうか。なぜ人は健康に悪いと思っているのに夜更かしをして何かにのめり込んだり、ギャンブルや買い物依存症・中毒になってしまうのでしょうか。

本書「もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学」はドーパミンという神経伝達物質の観点から人の行動を紐解いた一冊です。どういうメカニズムで人が物事に熱中し時間とエネルギーを注ぎ込むのかずっと疑問だった私にとって、本書はここ数年読んだ中でも最も有意義な読書でした。

ドーパミンは期待の脳内伝達物質。未来の資産と可能性の最大化を求め、人をワクワクさせ行動に駆り立てる。

ドーパミンとは神経伝達物質の一つで、脳のわずか0.0005%のニューロンが関わっていると言われています。これまでドーパミンはやる気や幸福感をもたらす単なる快楽物質だと思われてきました。しかし、近年の研究でドーパミンへの理解が進み、ドーパミンは正確に言えば期待の脳内伝達物質であることがわかってきました。

期待の脳内伝達物質とはなんでしょう?具体的にドーパミンは未来の自分の資産や可能性(理想)を最大化させる役割があります。自分が知らない未来への思いがけない予想外の出来事(可能性)に強く反応して、これから起こるかもしれない未来への期待を膨らませ、ワクワクとした高揚感や胸躍らせる感覚、好奇心や向上心を抱かせ人を行動に駆り立てます。

言い換えればドーパミンは未来への夢を見させる役割があると言えます。宝くじで言えば高額当選の可能性は限りなく低いですが、ドーパミンは「自分には当たるかもしれない」と期待を抱かせ宝くじを購入させたり、人間関係で言えばこの人は運命の人だという思いを抱かせ初期の恋愛関係を形成したりします。

自分が大きなチャンスをつかめるかもしれない、何か大きなことが達成できるかもしれない、と理想化された未来(可能性)のために行動を起こさせるのがドーパミンが期待の脳内伝達物質と言われる所以です(セロトニンやドーパミンはホルモンと呼ばれることが多いが、正確には脳内伝達物質)。

重要なのが未来を夢見ることと今現在の幸福を味わうことは別ということです。ドーパミンは常に未来志向で、現実を省みません。未来のために今を犠牲にしてもいいし、ワクワクとした期待が達成されるためには手段を選びません。そのためギャンブルや薬物中毒、不倫関係などの破滅的行動にも繋がっていて、その人にとって未来の理想や資産が最大化されると感じるのであれば、今現在の資産を多少犠牲にしても構わないのです。

身近な例では買い物で買うときはワクワクしたけれど、実際に商品が手元に来てしまうとそんなにワクワクしなくなるのはまさにそれで、ショッピングの楽しさの大部分がドーパミンによる期待感によって成り立っていると考えられます。

未来志向のドーパミンと対をなす今現在を楽しむのに必要な能力はH&N(ヒア&ナウ)神経回路の働きと本書では説明されています。H&N(ヒア&ナウ)神経伝達物質(セロトニン、オキシトシンなど)は未来志向のドーパミンの働きを抑制して、現実の思考や体験、行動感覚に意識を向けさせます。ドーパミンが理想追求型の情熱を起こさせるとすれば、H&N(ヒア&ナウ)神経伝達物質は平穏と友愛をのぞみ、現実世界での体験の質(満足感)に影響を与えます

ドーパミン活性が高い人は抽象的概念を好む。

私が特に面白いと思った点は、ドーパミン活性の高い低いで人間の持つ気質・性格がある程度説明できると感じたからです。

ドーパミン活性が高い人は芸術家や冒険家、数学者や科学者といった想像上の理想化された抽象的な概念や物事、テーマに没頭する傾向があります。

例えば人類愛を解く人の中には実際の人付き合いが苦手という人がいます。これはその人のドーパミン活性が高いために「人類愛」という抽象的な概念それ自体を愛していて、実際の生の一対一の人間関係で必要となるH&N(ヒア&ナウ)神経回路の働きが弱いためだと考えられます。現実の人間関係で必要な社交スキルはドーパミンの役割ではなく「いまここ」の現在の体験に注意を向けるH&N(ヒア&ナウ)神経回路の働きです。

そのほか、退屈で平凡な現実より未だ見たことがないワクワクした世界を求める傾向はリスク志向の冒険家、起業家気質にも繋がっていきます。

ドーパミンは常に「もっと!」と人を未来の報酬や目標に駆り立てる働きする一方で、今現在の満足感を感じにくくさせてしまいます。ドーパミンの人を未来の行動に駆り立てる神経回路と、今現在に注意を払うH&N(ヒア&ナウ)神経回路の両方をバランスよく働かせることがより充実した人生を送る上で重要であると本書では説かれています。

ドーパミンと精神病理について

本書ではドーパミンの観点から人の精神病理についての幅広い視野が得られます。バカ(狂気)と天才は紙一重は脳科学的にも正しいことがドーパミン神経回路の観点から説明されています。

統合失調症や躁うつ病にはドーパミン回路が関わっていて、正常な人であれば自分に必要な情報は脳が自動的にフィルターをかけて意識を向けないようにするのですが、ドーパミン反応が高すぎると道路のわずかな小石などありとあらゆる世界の情報が自分ごととして重要な情報だと認識してしまいます。この影響から普通の人には思いつかないアイデアやこれまでにない創造性が生まれることもあるのですが、脳の情報処理がパンクしてしまい幻覚や幻聴など精神病にも繋がる危険があるのです。

ドーパミンに善悪はなく、使いようである。ドーパミン回路がおかしくなってしまうと無気力になってしまう!依存症や中毒からの脱却のためにできることの考察。

本書を読むと、ドーパミンに善悪はなくドーパミンの特徴を理解し、どう活かすかが重要だと思います。

現代では特に人の行動を駆り立てるドーパミンを過剰に刺激する娯楽や情報刺激にあふれています。そのため、脳のドーパミン回路の調子が乱れてしまう人も多いでしょう。依存症や中毒症状、何かにハマりすぎて本来するべき行動が取れなくなる問題がそれです。

例えばスマホアプリゲーム(ソーシャルゲーム)のガチャを考えて見ます。ガチャを回す時の1パーセント以下の超低確率の強力なキャラクターや装備が当たるかもしれないワクワク感と期待はドーパミンを大量に刺激し放出します。もし当たればこの上ない快楽と脳は感じますが、この快楽体験は一瞬で過ぎていきます。所有による満足感はH&N神経回路の働きによるもの。ガチャやギャンブルによるドーパミンの過剰刺激はもっともっと!とその人にさらなるリスクやギャンブルを追い求めるように働くでしょう。

また、ガチャ(ギャンブル)が外れた時などによるワクワク感や期待が満たされないことは脳にとって非常に大きなストレスとなります。放出されたドーパミンが満たされないと強い怒りと不満が生まれ、しだいにドーパミン受容体が働かなくなり、ちょっとやそっとの刺激では反応しなくなります。結果、短期的かつ強力にドーパミンを刺激することを繰り返すと脳がドーパミンに反応しにくくなって、無気力を生みその人を苦しめます

何かにのめり込み、ハマるのはドーパミン回路の影響ですが、ドーパミン自体は善悪の判断を持たないため誤った対象に没頭する危険性があるのは意識しておくべきでょう。

もし、自分の人生でするべきことができない、情熱を感じられない、無力感を抱いてしまったら、刺激の強い娯楽や情報から距離を取り、低刺激の生活で脳を休ませ回復させる必要があります。

まとめ ドーパミンという観点から人の行動を紐解いた人間行動の見識を広げるのに有益な一冊。

本書を読むことでなぜ自分がある特定の活動にはまっているのか、なぜ人はそれぞれ好みの傾向が違うのかについての大きな見識を得ることができました。

ドーパミンは決して満足せず、常に未来を追い求め、人を行動に駆り立てます。人が未来の成功に向けて忍耐強く努力するためにはドーパミンの働きが欠かせませんが、理想を夢見るだけでは目標が達成できません。そのためにH&N(ヒアエンドナウ、いまここ)神経回路との協働がとても重要になります。

本書の構成としてはドーパミンで全てを説明しようとしており、後半の政治思想の下りはちょっと極端にカテゴリに当てはめようとしているなと思いましたが、ドーパミンがここまで幅広く人の思考や好みに影響を与えることを知る上ではなるほど、と思いました。

脳のほんのわずかな神経伝達物質のバランスの違いがこうも人に個性を与えるとは…脳科学の知識を得ることで依存症などの悪癖の克服や他者理解につながる価値ある一冊でした。人を行動に駆り立てる原動力の仕組みを知ることは他の分野でも応用できると思います。

 
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