【書評と考察】スーパーベターになろう! ジェインマクゴニガル 現実世界の困難をクエストとして攻略していく物の見方が面白い【要約とまとめ】

【書評と考察】スーパーベターになろう【要約とまとめ】

世間では悪く言われがちなゲームというものを新たな視点で捉え直し、ゲームを肯定的に科学したゲームデザイナーのジェインマクゴニガル(Jane McGonigal)さんの「スーパーベターになろう!」を読了しました。日常の困難や障害をゲーム的感覚を持って乗り越えていく為の心構えを科学的な裏付けと共に論説しています。いわゆる現実世界でも使えるゲームの心理学が学べる本。ミステリーで有名な早川書房が出しているのも意外性があり面白いです。

ゲーム的な心の態度(視点)が現実生活にもたらすもの

本書で扱う対象は主にビデオゲームです。ゲームはこれまで害悪的な側面ばかりが注目されていました。本書ではゲーム的な視点を日常生活に応用することで困難にも果敢に挑戦できる前向きなメンタルを手に入れるとしています。

私は本書を読んでゲーム的な心の態度(視点)とは「自分の達成したい目標や乗り越えたい課題を設定し、それにコミットするための小さな達成を積み重ねていく力」のことだと解釈しました。更に本書ではゲームは一人だけのものではなく、ゲームを通して得られる一体感は目標を同じくする仲間の協力を得る能力を養い、社会的な繋がりを得る事にも繋がると主張しています。

別の言い方をすれば、自分の人生をゲームだと仮定して、ゲームデザイナーとしての視点から人生を再構築する心の態度を上手に日常に活かしていこう、というのがこの本の言いたいことだと思います。

現実世界で直面する辛いことや困難な事も、ただのゲームであり、乗り越えられるクエストだと思えば、なんだかクリア出来そうだという勇気が湧いてきませんか?特に失敗への恐怖や不安が大幅に減っていることに気づくと思います。ゲームの中ではどんなに失敗を重ねても絶望はしませんよね。現実世界の問題も自分が乗り越えられるクエストだと思えば、何度失敗してもそのクエストを乗り越えるために創意工夫を働かせることで課題を乗り越えるための行動力が湧いてくるのではないでしょうか。

国民的RPGドラゴンクエストの生みの親の堀井雄二さんが「人生はRPG」という名言を残していますが、人生をゲームと見立てる視点は自分の人生の課題を客観視する視座を与えてくれます。与えられたカードから今自分に出来る事を見いだしていく過程はとても前向きで積極的な態度だと思います。

クエストの一例

ここで日常生活のクエストの一例を考えてみましょう。
・いつもより30分早く寝る (良質な睡眠クエスト)
・寝る前にスマフォを触らない(良質な睡眠クエスト)
・帰宅するときに一つ前の駅で降りて徒歩で帰る(ダイエットクエスト)
・スクワットを毎日30回行う(ダイエットクエスト)
・今日一日だけは間食をしない(ダイエットクエスト)
・仕事や学校から帰った後、10分だけでも勉強する(学業クエスト)
・SNSでしばらく連絡を取っていない人に自分からメッセージを送ってみる(人見知り克服、人間関係能力クエスト)

クエストはこんな感じで些細な事でも構いません。今の自分が達成できる難易度のクエストに細分化できるかどうかがポイントだと思います。達成感を得ること、進歩している感覚が人をやる気にさせるのは「マネジャーの最も大切な仕事」 でも述べられています。ゲームはこの小さな達成で自己効力感を高めていくのにうってつけの仕組みです。

誤読しやすいポイント!現実逃避でゲームをしてはいけない。

現実逃避でゲームをするのではなく、目的意識を持ってゲームをする
現実逃避でゲームをするのではなく、目的意識を持ってゲームをする

本書ではゲームをただ賛美するだけでは無く、そのネガティブな影響についてもしっかりと言及しています。例えば、同じゲームをプレイする人の中にも、ゲームの影響をプラスに扱える人もいれば、ゲームのやり過ぎで依存症となり、孤独や抑うつ状態になってしまう人がいます。この違いは現実逃避目的でゲームをしているかどうかです

本書では注意のスポットライト理論を用いてゲームが現実世界での傷やトラウマからの回復に役立つと述べられており、ある種の現実逃避とも言える行動に対しての有効性を述べています。そのため「現実逃避でゲームをしてはいけない」というのがちょっとわかりづらいポイントです。一見すると現実逃避を肯定しているように思えますが、そうではないというのが本書の主張するところ

現実逃避は依存をもたらし、本来するべき課題の解決を遅らせます。ずっと目の前の困難から逃げているから現実生活が停滞し、自信も失い、問題は解決せず事態は悪化してしまいます。

ゲームからポジティブな恩恵を受けるには、ゲームを自分の能力を気づく為に使う事が重要です。例えばゲームで自分とそっくりなアバターを作ることはミラーニューロンを活性化させます。ミラーニューロンは誰かの体験をあたかも自分の体験であるかのように学習し、成長する作用をもたらします。もしゲームの中で勇気を出して誰かと協力してクエストを攻略できたのなら、現実世界でも同様に困難を誰かと乗り越えられないか試してみることでゲームで得た体験を現実世界に活用できます。

ゲームをする事で悶々とした気分や鬱屈状態から乗り越えられたのなら、ゲームに依存するのでは無く、あれほど抑うつ状態で絶望に陥っていたけれど、ゲームをすることで快活さを取り戻した自分の能力に注目します。ゲームを通してトラウマや困難を乗り越えた自分の持つ能力に気づく事、これが本書の言うゲームからポジティブな恩恵を受けるために必要なことです。(ゲームは自分の隠れた能力や潜在的な力を目覚めさせてくれる道具という認識)

ゲームのネガティブな影響を受けないためには一週間のゲームの総プレイ時間は21時間を超えないようにすることが必要だそうです。節度を持って、ゲームから何を得るのかを意識してプレイするだけでゲームから多くの恩恵を受けることが出来るのですね。

ゲームと共感について

誰かとゲームをする事は誰かと仲良くなるための格好のアクティビティ
誰かとゲームをする事は誰かと仲良くなるための格好のアクティビティ

本書では親子や仲良くなりたい人と一緒にゲームをする事でのポジティブな感情の効果についても述べられています。ゲームという同じアクティビティを共有することで得られる一体感は他のどんなアクティビティでも得られないもの。ゲームの持つインタラクティブ性と明確に共有される目標設定は他のどのアクティビティにも増して人々の結びつきを強くするとのことです。

考えてみると、現実生活で引きこもりの人は多くいますが、彼らが没頭しているゲームの中では活発でコミュニケーションも出来ている人もいるのでは無いでしょうか?そうした人はもっと自分に自信を持って良い、と本書を読んで思いました。ゲームの中で誰かと交流できる能力は現実世界でも対人構築が出来る素質が充分にあることの証明だと思います。私はバーチャルな交流の方が苦手(顔が見えた方が安心できる)なので、オンラインゲームでもSNSでもデジタル世界での対人交流が得意な人を見ると凄いなぁ、と思ってしまうのですが。

ゲームを通して自己効力感を養う。

自己効力感とは「自分が問題に対処できる、課題や人生に対して良い影響を及ぼせる」という確信のようなものです。どんな問題や困難があるにせよ、自分はそれを乗り越える事が出来るという心構え(意識)のことですが、ゲームはこの自己効力感を高めるにはベストな仕組みです。

以前作業興奮の原理についてまとめましたが、人は何か作業をしているとドーパミンを放出してその行動がもたらす成果を期待します。

ゲームの場合、何度失敗しても嫌にならずに没頭して挑み続けてしまうのはこのドーパミンの作用が働いています。目の前のクエストは何度でも挑戦できるからドーパミンが放出され、達成したときの喜びや報酬による幸福感は困難が大きいほど強くなります。

勤勉さと中毒さ、前者は美徳とされるが脳の中では表裏一体というのが本書の面白い指摘で、新しい物事を学ぶ、体を鍛える、怪我のリハビリや楽器の上達など、達成するのに大きな時間が掛かる物事に取り組むときにはこのドーパミンの作用は強力な後押しとなります。好きこそものの上手なれとは、好きな事はどれだけ失敗してもその過程にドーパミンを放出させるような幸福感があるから、いつまでも取り組み続ける(練習し続ける)ことが出来るからです。

一緒に火がついたニューロンは一緒につなぎ合わされる」ので、ゲームを通して得た自己効力感の神経回路が現実世界の困難を乗り越える時にも有効に働くことが示唆されています。脳に組み込まれた神経回路、思考回路は体験すればするほど強化されていくので、ゲームの世界で達成経験を重ねて得ることは現実にも波及する十分に有意義な体験です。

私の場合はSEKIROやダークソウルで特にこの感情を味わうことが出来ました。あれだけの困難を極める戦いを制した時、なんとも言いようのない自信というものが得られた感覚は今でもありありと思い出せます。

■考察:スマホゲームのガチャとギャンブル

スマフォゲームはドーパミンを上手に生かしている。
スマホゲームのコツコツとした作業による育成はドーパミンの放出による中毒性を持つが、この仕組みは現実生活で長期間努力が必要な何かを達成するには欠かせないもの。一方でガチャの仕組みはドーパミンの過剰放出をさせる非常に脳に有害な仕組み。 © 2018, 2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
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ドーパミンは期待のホルモン。このドーパミンの仕組みを上手に組み込んだのがスマホゲームです。コツコツとした単調な作業が続けられるのは、作業をすることで得られる成長を実感できるから。一方でガチャの仕組みはギャンブルと同じで一時的に大量にドーパミンを放出しますが、依存性が強く、外れた時の落胆やストレスは非常に有害です。

書評と感想

本書は単行本で600ページ以上とかなりのボリュームもあり、全てを律儀に読むのはなかなか大変です。原著タイトルにResilient(レジリエント)とあるように、ゲームの心理学を生かして心の回復やより良い生活を送るための知見科学的なエビデンスを元に構築されています。

日本語版の早川出版社の方に言いたいのは、なるべく参考出典を削らないで欲しいという事でしょうか(単行本は原注が省かれており、pdfでダウンロードしないといけない)。pdfの方がネットで元となる論文を探しやすいので便利ですが、本書の売りはゲームと何ら利害関係のない大学や研究組織がゲームの有益さを実証的に、エビデンス付きで示したところにあります。

ジェイン・マクゴニガルさんの前著「幸せな未来は「ゲーム」が創る」と比べるとどう違うのかというと、本書はより実践的に現実生活でゲームから得られるポジティブな影響をクエストという形式に落とし込んで説明したところでしょうか。後半のニンジャのクエストのくだりはちょっとついていけない感じはありましたが(笑)。

日本では「ゲーム脳」や「ゲーム依存」などとかくゲームを悪者扱いする傾向が強いのですが、本書を読むことでゲームをすることはこんなに有意義な点もあるんだよ、と知ることができます。

自分の分身=アバターを活動させてミラーニューロンを刺激して現実世界に生かしていく。ゲームで得られた達成感や自己効力感を糧に現実世界での困難を乗り越えていく。目の前の課題をゲーム世界でいうクエストに見立てて乗り越えていく。

本書のテーマであるゲーム的に問題解決をする心の態度は就職でも、自立でも、対人関係でも、成績向上でもどんなところにも応用が可能です。ちょっと冗長な箇所もありますが、興味を持った人はぜひ読んでみてください。

■日本語版

■原著「SuperBetter: How a gameful life can make you stronger, happier, braver and more resilient (English Edition)」Jane McGonigal

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