【書評】「芸術的創造は脳のどこから産まれるか?」音楽を起点にして創造する脳について分析していく本

【書評】「芸術的創造は脳のどこから産まれるか?」主に音楽との観点から芸術脳について分析していく本

【書評】「芸術的創造は脳のどこから産まれるか?」主に音楽との観点から芸術脳について分析していく本
AmazonKindleでたまたま見かけた「芸術的創造は脳のどこから産まれるか?」大黒 達也 (著)(光文社新書)を読了しました。芸術の分野でも特に音楽をテーマにどのように創造性が定義され、脳の活動と関連づけて研究されているのかを学術的な視点で記した良著でした。

私は元々サウンドクリエイター、作曲に興味がありながらも家の都合で普通大学の心理学科に進んだので著者の大黒さんのキャリアパスがうらやましくも感じます。音楽に興味があり、認知心理学に興味がある人は必読とも言える内容です。

著者は元々作曲家を志していた。音楽の研究が盛んなのは数理的にモデル化しやすいから。

芸術といっても本書は音楽が主なテーマです。これは著者の大黒さんが元々作曲家を志していた事とも関係があるのですが、本書を読んでいると音楽は数理的にモデル化しやすいから研究しやすいのでは?とも思いました。数学とリズムや音高のパターンからなる音楽はとても相性が良く、AIなどによる人工作曲なども本書を読むとなるほど、可能になるなと思えてきます。そのため、本書はある程度音楽理論や音楽の教養を知っている人でないと難しいと感じるかもしれません。

不確実性と潜在記憶(統計学習)が創造性の鍵である

本書を読んで行くと創造性の鍵となるのは不確実性潜在記憶(統計学習:無意識に積み重ねられ、パターン化されてきた記憶。様々な外界現象の確率を学習する能力。)なのかもしれません。

潜在記憶とはこれまでの人生の経験の中で積み重ねられ、パターン化してきた学習や認知で、不確実性とはこれまで経験したことがないような、脳が潜在記憶のパターンとして覚えていないような情報刺激のことです。未だにパターン化されていない、言い換えれば脳にとって真新しい情報に対して脳はワクワクし、人は内発的動機付け(もっと触れたい、味わいたい、知りたい、体験したい)と思うようになるのだとか。

どんなに好きな曲、名曲と言われる曲でも繰り返し聴きすぎると飽きてしまいます。これはなぜかというと、脳が曲情報についてパターン化が完了し、この情報から新たに得られることはない、と認識した状態だとも言い換えられます。

飽きやすい曲と何度も聴き込んでいくことでハマる曲ってありますよね。
個人的にはFF12の崎元仁さんの音楽やクラシックのバッハの音楽はスルメ的な音楽(何度も繰り返し聴くことで良さが分かるタイプの音楽)だと思っているのですが、本書を読んでその理論的裏付けが得られた気がします。分かりやすいキャッチーな音楽は直ぐに脳がパターンとして覚えてしまい、飽きてしまう。しかし、バッハの平均律やフーガなどの音楽は繰り返し聴くことでその複雑で分かりづらい音楽要素を紐解き、咀嚼して味わう楽しみがある

子供の頃ほど世界にはパターン化していない情報が多いからワクワクする体験も多くなり、毎日が充実して感じられます。大人になるにつれてパターン化された情報ばかりになるから、時間の経過も早く感じるし、ワクワク出来る体験が少なくなります。

つまりは、人は本質的に自分の中でパターン化されていない(潜在記憶の学習にないような)情報をパターン化する過程に喜びや報酬を感じると言うことです。これは現代芸術など訳が分からない内容のアートがなぜ生まれるのかとも関連し、飛び抜けて奇抜で容易にはパターン化できないような作品をパターン化する(意味づけした認知として圧縮する)事に人は喜びを感じるように出来ているから、と考えられます。(まぁ、それでも現代アートはやり過ぎな気がしますが)

散歩と睡眠は超重要

良いアイデアの発想法について印象に残ったことをまとめてみます。

社会心理学者のグラハム・ワラスの「創造性が生まれる4段階」は有名で、
1,準備期(preparation):問題設定とその解決策を考える段階
2,あたため(孵化)期(incubation):問題から一旦離れて他の事をする段階
3,ひらめき期(illumination):新たな発想や解決策が閃くアハ体験
4,検証期(verification):明確な発想の完成

があるとしています。何かの問題を解決しようとずっと考えるけれど、その問題から一旦離れることで思いつかなかった発想やアイデアが降りてきて問題が解決できるのです。脱出ゲームや謎解きブックなどやってみると謎に詰んだ翌日の朝に解答が閃いたりして、上記の効果を体験出来ると思います。

脳には3つの状態があって、一つがデフォルトモードネットワークでこれは自由で創造的なアイデアの発想に有効でぼーっとしたり何も意識していない時に活性化します。もう一つが明確なゴールに向かうときのエグゼクティブコントロールネットワークの状態です。デフォルトモードネットワークで閃いたアイデアをエグゼクティブコントロールネットワークの状態に運ぶときがサライアンスネットワークと言われる状態で、創造的な人はこれらの脳の状態を同時相互的に行っているのだとか。

似た概念として拡散思考収束思考があり、新たな発想を思い浮かべるときは散歩などで注意を一つに向けない拡散思考、問題解決を実行するときは集中してタスクを解決して行く収束思考が有効だと言われています。

関連:何かアイデアが出ない時は散歩をしよう!拡散思考とクリエイティビティについて

睡眠は学習した記憶を定着させる重要な役割があり、慢性的に睡眠不足の人は睡眠を改善するだけで創造性も高まるとしています。

創造性が高い人の特徴

創造性をこれまでに無い新たな独創的な発想と定義すると、創造性が高い人は以下の特徴があります。

1,不確かさに寛容であること。新しい情報刺激を受け入れる器が大きいこと。好奇心が高いこと。
→何かを生み出すには、失敗するか、成功するか分からない曖昧さ(不確かさ)を許容する心が必要です。また、多種多様な価値観を許容できる器の大きさも大切です。人は誰しも自分に馴染みの無い情報や価値観に拒否感を示したくなりますが、新しい情報、価値観を得られるとプラスに捉えられる人はこれまでに無い価値を生み出しやすいといえます。

2,繊細である事
→普通の人なら気にしない刺激にも気づく繊細さ。ただ、精神的に病んでしまう人も多いのだとか。神経症的傾向が高すぎるとかえって創造性が下がるそう。

3,内発的動機付けが高いこと。
→他者からの評価や賞賛よりも、自分のうちから湧き出てくるこれがしたい、アレをやりたいという情熱を優先する人。

感想まとめ 経験は全て糧となる。音楽や作曲、心理学に興味がある人にはかなりお勧め出来る一冊

かなり学術的に書かれた本で、生理学や認知心理学から音楽と創造性についてメスを入れた本です。参考文献のリストはもちろん完備されていて、信頼性もあります。本書の前半は脳の生理学的な知見が得られ、感情や創造性を働かせているときに脳のどの部位が働いているかの知識が得られます。

全体として印象に残ったのが、潜在記憶、統計学習の重要さですね。人が経験するありとあらゆる経験や学習は巡り巡って新たな発想や閃きに繋がるかもしれないと本書を読んで思いました。直ぐには取り出せない記憶や、過去に学んだすっかり忘れてしまった学習体験もいつどこで点と点が繋がるか分からない・・・ということは、何かをするのに全くの無駄な事って存在しないことになります。ありとあらゆる事に意味があるって考えられると凄く前向きに色々挑戦してみようって思えますね。

音楽が人間にしか楽しめないのは、音楽を音楽として認知することは高次の認知機能であり、人を人たらしめる前頭前野が情報を統合して意味づけをすることで初めて音楽として認知することができるから。本書からは音楽を起点として「何かを創造する」という人にしか出来ない行為になぜ人はハマるのか、創造が得意な人は普通の人と比べて何が違うのか?についての知見を得られるでしょう。

ただ、実際に芸術家(アーティスト)が本書の内容を使う実用書としての役割よりも、芸術関連の心理学・人工知能の分野でこのような研究が現在行われているのだ、という教養書としての役割が大きいかと思います。芸術や認知心理学に興味がある人は大きな知的興奮をもたらしてくれるでしょう。

私が今すぐに実践するとしたら、
・良い閃きを得るために何かに集中して没頭したら、あとはちゃんと寝かせたり休ませたりする。
・自分では休憩していると思っていても、常にスマホやネットで新たな情報に意識を向けてぼーっとする時間が少ないので、休むときは刺激を断絶してしっかり休む
睡眠は超重要なので、寝る前に脳を興奮させるような刺激は避け、ラベンダーオイルなどで睡眠の質を高めるようにする。
煮詰まったときは体を動かして拡散思考したり、問題を考えることから一旦離れる

ですね。本書でも言われているとおり、適度な運動や睡眠は創造性にも学習にもかなり大事な生活の基本だということを実感します。

■芸術的創造は脳のどこから産まれるか? (光文社新書) 大黒 達也 (著) 光文社 (2020/3/30)

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