【書評と要約】「ついやってしまう体験のつくりかた」玉樹 真一郎 分かりやすく体験デザイン(UX)について学べる良著

【書評と要約】「ついやってしまう体験のつくりかた」玉樹 真一郎 分かりやすく体験デザインの持つ力が学べる良著
優しい語り口でユーザー体験についての理解が深まる「ついやってしまう体験のつくりかた」を読了しました。著者の玉樹さんは元・任天堂の企画開発者ということで、本書の内容はゲームを例に「ついやってしまう体験」とは何かについて説明しています。ゲームの例が多いですが、アプリ開発やデザインなど幅広い分野で応用が出来る話だと思いました。普段何となく感じる「体験がもたらす価値」についての理解が深まり、夢中になる体験をどうデザインすれば良いのかについての知見を得られるでしょう。

ついやってしまう、熱中してしまう、人に語りたくなる体験に共通するもの

本書で扱っているのは体験のデザインです。その中でも「つい何かをやってしまう、つい熱中してしまう、つい他の誰かに語りたくなってしまう体験」に共通してついている「つい」に相当するものがどのようにしてデザインされているかの分析と考察が面白いです。

本書の序盤は世界的に有名なスーパーマリオブラザーズ(ファミリーコンピュータ 1985 任天堂)を例に出し、詳細な体験デザイン分析をしています。全くの初見でマリオを起動すると、背景の山やマリオの向き、雲や空間の余白から、まずプレイヤーは右へ行こうとします。右へ行くとクリボーがやってくるのでプレイヤーは自分の予測した右に進むという操作が正しいと理解できます。一番最初に登場する敵キャラのクリボーがプレイヤーの予測のフィードバックにおいて「正解」を伝える重要な役割を担っているのです。「人が夢中になるのは自分の予測が当たったときの快感を得られるからだ」とする本書の指摘はなるほどと思いました。

アフォーダンスとシグニファイアについて

アフォーダンスとは、何かに接したときにこれは○○するものではないか?という予測のこと。一方でシグニファイアはアフォーダンスを伝える為に特化した状態のことです。

例えばスマフォアプリでは、ボタンのデザインではタップしたくなるように影や色合いを加える事が多いです。この画像はボタンのように押せるのでは無いか?と予測することがアフォーダンス(体験者の予測)で、実際にボタンに見せるためのシャドーや影、色合いを加える事がシグニファイアではないかと私は考えています。

本書で取り上げられているマリオブラザーズの例では、「マリオを右に進ませる」ことがアフォーダンスで、右に進ませるためにスタート位置が左端でマリオが右を向いていること、マリオのスタート位置の背景に山があり、右に開けた空間であること、十字キーで方向が操作しやすいことなどがシグニファイアの例として挙げられています。

人の脳は穴埋めをする傾向がある。シンプルで簡単なものに人の意識は行く。

例えば

1 + 1 = ?

という文章を見たときに、つい無意識に頭の中で計算してしまいますよね。計算しろなど指示されていないのにも関わらずつい計算してしまう

しかし複雑な計算

19283746 x 251 = ?

となると頭が計算を拒否します。

人の脳はシンプルで簡単な穴を埋めたくなるようにできている事が本書を読んでいくうちに実感出来ます。

サラリー○ン
ド○えもん
マクド○ルド

↑等も無意識に言葉の穴埋めをしてしまう人が多いのではないでしょうか。

初頭効果を活かして難しいものは冒頭に詰め込む

その世界のルールだとかアイテムの使い方など学習コストが高い要素は冒頭に詰め込むことが正解だとのこと。これは、体験者の集中力とも関係していて、序盤が最も集中力と意思力が高いため、複雑な要素を学ばさせるには序盤に詰め込むのがベストだとのこと。これは最初に触れた情報が重要で印象に残るという心理学の初頭効果を利用しています。

共通の記憶を導線につかう。

共通の記憶とは、例えば木材は燃える、油は燃え上がる、コンクリートは堅いといった、普段私たちが生きてきて既に暗黙の前提となっている生きた知識のことです。本書ではゼルダの伝説の蜘蛛の巣を燭台の炎で燃やす例を出し、これを上手く説明しています。

飽きさせない工夫は驚きにある。疲れと飽き対策。

飽きさせないための驚きの要素

ドラゴンクエストの分析では、「ぱふぱふ」や「カジノ」の要素が飽きさせない工夫として取り上げられています。ゲームは学習の連続で、ずっと真面目に学習をし続け(同じ刺激を与え)てしまうと脳が刺激に慣れてしまい次第に飽きが来てしまいます。そのため、脳が疲れてくる段階でプレイヤーの予想のつかない「遊び」の要素を加えることで驚きをもたらして脳を飽きさせない仕組みを作ることができるとのこと。

日本ではドラゴンクエストは国民的RPGとして親しまれていますが、元々はゲームデザイナーの堀井雄二さんが海外にあった面白いけれど難解でわかりづらいRPGというジャンルをわかりやすくかみ砕いて大衆向けにアレンジしたもの。本書の分析と自分のドラクエのプレイ体験を照らし合わせて、なるほどそういうことだったのか、と納得しながら読み進められました。

面白い体験はプレイヤーの予測が正しいとフィードバックされることですが、正しいフィードバックだと脳が予測をしないでも大丈夫だと慣れてしまい、飽きが来ます。そこでプレイヤーの予測を覆すような想定外の要素を加えることで再び脳を刺激し、面白いと思わせることが出来るのですね。

つい誰かに言ってしまいたくなる物語の力

物語とは何かがあったという事実と、それがどう語られるのか、という二つの要素で構成されていると言います。人の脳は物事を結び付け、文脈で解釈する傾向にあるようで、例えば連続した画像を見せつけられると無意識にその画像間に何が起きたのだろうかとストーリーを想像してしまうようです。

体験デザインでは時間の概念が重要で、緊張と弛緩のバランスに配慮することが大切になるとのこと。伏線で時間差で体験者に物語の真実を示す手法は効果的に使われています。

感想とまとめ 本書自体がつい読んでしまいたくなる読書体験がデザインされた一冊

「ついやってしまう体験のつくりかた」は体験デザインの解説書

ついやってみたくなる体験」を直感・驚き・物語の大きく3つに分け、具体例を示しながらわかりやすく噛み砕いて解説した良著です。

本書の優れた点は、読んでいるうちに体験デザインとは何かについて読者が体感できるような作りになっていることです。優れた例の解説が豊富ですし、ページ番号の下に細かく要点がまとめられており親切丁寧な印象です。著作権の配慮が徹底しておりゲーム画像などの例は載っていないのですが、イラストレーションや図版が多く掲載されていて分かりやすいです。

注意しなくてはならないのは、世界で多くの賞を受賞した名作ゲーム「ラストオブアス」と「風ノ旅ビト」がネタバレありで解説していること。確かにこれらのゲームは体験デザインを説明する例としてはとても良いのですが、これら2作のネタバレが嫌な人は注意しましょう。

感想としては、前半から中盤まではなるほどと思いつつ読み進めていけましたが、終章の具体例は少し煩雑な印象がありました。読書体験という観点からだとやはり序盤は集中して読み進められますが、後半になるほど集中力が落ちてきます。本書では最後に具体例として文字を詰め込んだ構成になっており、応用例については各自読者の想像に任せるなどして省いても良かったのではないかとも思います。

生活必需品では無いゲームの価値についても考察されていますが、本書よりもアメリカのゲームデザイナーのジェイン・マクゴニガルさんの「スーパーベターになろう」や「幸せな未来は「ゲーム」が創る」の方が感情報酬に着目している点で優れていると言えます。

本書の優れた点は、ついやってみたくなる体験を言葉で分析したことです(本書内ではことばのデッサンという名前で出てくる)。何かを体験するとき、人は本能的に仮説を立てますが、その仮説が正しいのか不安なまま進みます。プレイヤーの予測通りに正しくフィードバックを返してあげる事が上手い体験デザインに繋がるという気づきを得る事が出来ました。

これからはアイデアが評価される時代です。それを形作るためにユーザー体験(UX:User Experience)の知識は重要性を増すでしょう。自分でアプリ開発や何かをデザイン・設計する際に本書は有益な知識をもたらしてくれるのは間違いありません。お勧めです。

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