【石膏物語】サテュロス(サタイア)全身像 半身半獣の自然の精霊として

【石膏物語】サテュロス(サタイア)全身像 半身獣の自然の精霊として

今回取り上げる石膏像はサテュロス全身像です。サテュロス(英語読みだとサタイア,Satyr)はギリシャ神話の陶酔の神デュオニソスのしもべで、半身半獣の精霊です。デュオニソスは陶酔するような音楽や舞踏を司る神で、そのしもべとなるサテュロスも本像ではシンバルやふいごのような楽器を身につけています。

サテュロスは半身半獣の精霊

人間は酔うと、理性を忘れて獣みたいになります。ここから連想して絵画の世界で人間らしさを描くものとして半身半獣のサテュロスが描かれました。

この石膏像の後ろを見ると獣の証として尻尾がついています。

背中に獣の証となる尻尾がついている。

頭部を見ると耳がとんがっており、よく見ると額に隠れ角があります。

耳がとんがっており、額には隠れ角がある。
耳がとんがっており、額には隠れ角がある。

実物はもっと大きく、ローマ時代に作られた古代ギリシャ時代の作品の模刻で作者不詳となっています。作者不詳なのは神殿に奉納されるときに神様の像は領収書みたいな形で作者が記録されるのですが、サテュロスは神様の像ではないのでそこらへんの記録管理が行われておらず作者もわかっていないようです。

造形的な特徴では全身像で非常にバランスが取れている像で、上半身と下半身のねじりがいい感じに像全体に力強さを与えています。
ミケランジェロも同様に体幹をねじった形を好み、このねじっている胴体と下半身の造形は古代ギリシャ時代から続いている形です。

現代美術でも、長方形をねじっただけの彫刻にエネルギーを感じるように、ねじるとエネルギーが出てきます。

デュオニソスのしもべとしてアポロンに戦いを挑むも敗れて生きたまま皮を剥がれることに…

「皮をはがれるマルシュアス」(1570年 - 1576年頃) クロムニェジーシュ美術館(チェコ)
ティチアーノ作「皮をはがれるマルシュアス(マルシュアスの皮剥ぎ)」(1570年 – 1576年頃) クロムニェジーシュ美術館(チェコ)。神に対抗する高慢心をただすテーマで皮剥の刑に…。

サテュロスは陶酔と舞踏の神であるデュオニソスのしもべとして音楽と関係があります。同じ音楽でもクラシックの器楽のような規律を司るアポロンとは対照的なのですが、サテュロスはアポロンに演奏合戦を挑み、敗退しました。その結果としてティチアーノの「皮をはがれるマルシュアス(マルシュアスの皮剥ぎ)」の作品に描かれているように生きたまま皮を剥がれる様子が残っています。…残酷ですね!

サテュロスが好まれた理由は人間らしさを表現できるから

サテュロスは多くの作品で使われるモチーフとなりました。自由を表現する精霊として、理性から離れた人間らしい自由さ、自然な姿が表現できるため彫刻などで好まれたようです。神々だとこうは崩せません。

サテュロスと同様の妖精にニンフがいて、サテュロスとニンフは人間解放をテーマに自由な感情表現するのに欠かせないモチーフとなって、たくさん作られました。

そしてサテュロスのかたちから派生して、村人や赤ん坊などの表現に移行していきます。例えばルーベンスの「村人の踊り」という作品に描かれた人々の動きはサテュロスで映像化されていた形をルーベンスが取り入れたものです。

ルーベンス 村人の踊り
ルーベンス 村人の踊り

美術上の大きな対立としてアポロン的な整然とした規律に重きを置くものとデュオニソス的な陶酔するものがありますが、サテュロスはデュオニソス的な人間らしさを表現する代表的なモチーフとなりました。

蛇足:サテュロスというと初めて知ったのは2001年ゲームボーイアドバンスから発売された「黄金の太陽」の敵キャラでしたが、神話や美術史のサテュロスは全然違った印象でした。

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