心理カウンセラーメグ・ジェイの「人生は20代で決まる」という本を読了。以前から評判が高い本で、TEDでも反響が大きかったそうだ。しかし、私に言わせれば人生は20代で決まるほど単純ではない。また、本書の内容も人生にあたかも一つの正解のレールというものがあって、それに乗れない人たちを落ちこぼれと見下すような内容が散見され、はっきり言ってエイジズムを助長するだけの駄作であると思う。
本稿は本書が謳う20代で人生が決まるほど人生は単純ではないということと、本書から得られる学びや気づき、本書の役割などを考察&批評して行く。
目次(Contents)
本書の内容と目的は何も考えていないお気楽な人たちに対して危機感を持たせることだけ。今をすでに真面目に生きている人は鵜呑みにする必要はない。
「人生は20代で決まる」というタイトル、帯には「手遅れ」という人の不安を煽り立てるような一文。本書はアメリカのセラピストのメグ・ジェイ(Meg Jay)が20代のクライアント達とのセッションを通して得た気づきをまとめたようなもので、実際彼らとのやりとりに構成の大半が割り当てられている。で、その彼らの性格や悩みの次元が私からすればあまりにも不安定で場当たり的なふらふら何も考えずに刹那的に今を乗り越えればいい、といった内容で全く共感できなかった。普通の人はもっと危機感を持って毎日生きているよと感じてしまうのだ。
そう、つまり本書はこうした「不真面目に何も考えず現実逃避している若者に危機感を持たせる」ことに特化した本で、それ以上でもそれ以下でもない。本書の内容は普段から真面目に自分の人生を生きることに取り組んでいる人には何を当たり前のことを言っているのだ、と思うだろう。
本書が最も届けられるべきターゲット層は、常日頃から不真面目になにも考えずに遊んでいるチャラチャラした人たちだと思うが、そうした人たちはこうした本は読まないと思う。
一番本書を手に取るのは現状が不安定で先行きが不安と心配でいっぱいな人たちだろうと思う。でも私から言わせると、真面目で深刻に考えがちな人が本書を鵜呑みにして、余計人生に焦りや焦燥感を持って生き急いで、20代は乗り越えたとしても30代、40代以降に挫折したらどうするのだろう?と思う。人生は何が起こるわからないし、全ての事象が自分でコントロールできるわけでもない。社会的な流れも刻々と変化している。だからこそ人生は面白いし、いついかなる時でも可能性に満ちていると私は思うのだが、どうやらこの著者は20代が人生の変革のすべてで、30代以降輝こうと行動しても手遅れとしてどこか見下している感じ(20代でキャリアを開始できなかった人たちは落ちこぼれとして人生の落伍者として下に見ている感じ)を受ける。
本書から得られる学びと気づき。妊娠と出産をライフプランとして考えておくこと以外は20代に限らなくてもいいことばかり。
本書から得られるメッセージや気づきは以下のような感じだ。
・将来を見越したキャリア設計、特にスキル習得に重点を置くこと。
・人生のゴールを見据えた上で(自分にとってのハッピーエンドな人生を設定した上で)逆算して行動すること。
・高齢になる程子供が産みづらくなるので結婚して子供を持ちたい人は早めに考えておくこと。
本質的に上記のアドバイスは全ての年代に通じる内容であり、この本の著者のように20代に限定する必要はなく、10代であろうが、30代であろうが40代であろうがそれ以上の年代であろうが共通して乗り越えていく課題である。わざわざ上記の課題を解決する期間を20代に限定する合理的な理由がなく唯一出産に関しては加齢による肉体の生物学的な変化で可能か不可能かが変動するので、その点だけは20代で考えた方がいいことになる。
本書最大の欠点は何でもかんでも20代に解決するべき課題として焦燥感を煽り立てるところにある(それが本書の役割であり仕方がないのかもしれない)。
人生のペースは人それぞれだと私は思う。生まれも育ちも環境も事情がまるで異なるのだから。しかし、本書は一定の年齢で課題をこなすといったレールを歩めない人たちを落ちこぼれとして見下している。脳の成長は20代までとか、30歳以降は性格は変えられないとか、20代でうまくいかないならその後の人生で何をやっても挽回できない(手遅れである)という強い言説も散見される。筆者はとにかく20代の人に焦ってほしいみたいだ。
本書の内容が正しいのであれば、人生は10代で決まるし、さらに言えば生まれで決まる。
本書の「20代で人生の大半が決まる」ことがが正しいというのであれば、「人生は10代で決まる」、「人生は生まれで決まる」ことも正しい。
20代の質を決定づけるのは10代の選択と行動であるし、その10代を充実に過ごせるかどうかは家庭環境や友人関係が恵まれているかどうかで決まるからだ。また生まれ持った気質というものがあり、生まれつき繊細で不安が強く神経質で悩みがちな神経症傾向が高い人たちは著者が言う20代の成功ルートに乗りづらくなる。
残酷な事実として人生は早期に成功体験を積めた人が自分に自信をつけていき、行動を継続することでますます活動の幅を広げて成功を呼び寄せるという早期勝ち逃げ型が圧倒的有利であることは確かだ。本書のいうとおり何でも早いうちに達成した方が良いのは当然であるのだが、それなら別に20代に限定しなくても良い。本書はやたら20代にこだわっているが、実際その20代の質に大きく影響を与える10代の過ごし方や交友関係、家庭環境の方がよほど重要である。
本書は人生の複雑さに対応しておらず、不安と焦りを増強させることだけしている。
こうした本が高評価というのも、それほど多くの人が同じことで悩んできたからだろうと思う。多くの人が人生の不確かさを前に「安心」や「保証」、「未来への確信」を求めている。失敗しない完璧な人生のためにこうした本で予習するというわけだ。
特にエイジズム大国日本ではこうした年代や年齢のタイトルをつけた本が多く、私も昔はよく読んでいたりはしていたのだが現実の人生の複雑さの前ではこのような知識は非常に浅く、何の役に立っていないのが現状だ。
本書が年齢・年代をテーマとした類書と違うのは、著者がアカデミックな心理学者として自説の20代限界説みたいなものをより説得力強く言うために様々なリファレンス(エビデンス)を用いていることだ。だけどこれも自分の主張に都合の良い研究だけを集めた感じがして幻滅した。特に脳の20代成長限界説の断言口調は心底呆れてしまった。脳は現在でも完全には解明されていない複雑な臓器であり、脳の神経は幾つになっても成長し、可塑性に満ちているという定説が本書ではほとんど触れられていない。また、性格は30歳以降も変化することができる(特に不適応に関係する神経症的傾向の改善など)が、本書は20代で性格のほとんど全てが決まってしまうかのような書き方をしている。著者はそれほどまでに、20代の読者に焦ってもらいたいのだろう。私はこれまでエビデンス重視の本を高く評価していたが、本書を読んでエビデンスベースドな本がすべて絶賛できるものではないな…と気づいた。
まとめ 本書を鵜呑みにしないこと。年齢にとらわれず、過去と今とこれからの自分を信じること。今自分にできる行動、パフォーマンスを最大化して安定して行動を継続できることが人生を切り開く。
乱暴に言ってしまえば本書は「20代ならまだ色々取り返しがつくから20代のうちに人生をしっかり考えておけよ。30代以降落伍者になっても知らんからね。」っていうことを言いたいだけだと思う。将来が迷いがちな、不安でいっぱいの20代にはとても刺さるだろう。
だけど、本書は焦らすだけ焦らせて人生の複雑さだったり、人生の本当に大切なものは何かといった大切な気づきとして得るものはなにもない。
人生は本当に何が起こるかわからない。著者の論の根拠である研究もあくまで統計的にそういう人が多いことを示すだけであなた自身の人生がその統計の可能性の高い方に運ぶかはわからない。所詮だれかの人生は他人事であり、この著者の言う通り20代に色々焦って行動してうまくいかなくてもこの本の著者が責任を取ってくれるわけではない。本書は人生の複雑さの前に全くの無力であり、私はこのようなエイジズムにまみれた本の内容を鵜呑みにするのは非常に危険だと感じる。年代で思考するのはとても分かりやすく、年齢という属性は身近で経験知としても想像しやすいことだからつい人はエイジズムで思考してしまう。
本書を読むと誰かが決めた社会のルールや正解のレール(何歳までにこれこれを達成すること…etc)に乗れるかどうかが正しくて、それに乗れないと自分は不幸で、惨めだという不幸な考えが思いをよぎる。著者は20代で成果を出した人たちのハッピーエンドなエピソードばかりを紹介しているけど、20代で成功のレールに乗れたとしても残りの人生もずっと成功のレールに乗れるとは限らないし、そもそも前提として20代に一生懸命行動と努力をしたら誰もが成功して幸福になれるかのように書かれているが、無理をして不幸になったり成功までたどり着けない人も大勢いる。
こうした20代で全てが決まってしまうという価値観を受け入れてしまうと、30代を迎えて思う通りに成功しなかった時、自分はもう歳だから(おじさんだから、おばさんだから)と行動を控えるようになりますます心身ともに老化していく。
私の経験からいうと、このように焦燥感や不安といったネガティブな感情に追い立てられて、自分は落伍者にならないように、自分は手遅れにならないようにと不安と焦りで手当たり次第に自分を消耗させていくことは不幸にしかならない。自分以外の社会や他人との比較、誰かに認めてもらいたいというような自分以外の価値基準が幸福の基準になってしまうからだ。
人生はとても複雑で、人生のペースは人それぞれである。過去がどうあれ、今がどうあれ、未来は今の自分の行動で変わる。何歳だからどうこうというステレオタイプ的な思考や雑念で自分の行動を制限するのではなく、過去の自分自身と比較して昔の自分より成長できたらそれで良いと思う。
極論、本書が忌み嫌う世間的に見て落伍者になってしまったとしても、本人が幸福で満たされているのであればその人の人生は成功である。
人生は20代で決まるほど単純なものではない。本書のいう「人生を決定づける10年間」を有意義に過ごせたとしてもそれ以降の人生が順風満帆で幸福なものになるとは限らない。むしろ現代は変化が激しく、先が読めなくなってどんどん変化していく。
自分の人生のペースを他人に、社会に決められてしまうのは不幸だ。年齢に関係なく過去の自分、現状の自分を受け入れ、認め、希望を見失うことなく前向きに進んで行くことが重要だと思う。
一番大事なのは生産性を安定し続けること。年齢に関係なく10代だろうが20代だろうが、30代になっても、40代になっても、50代になっても安定して自分のするべきこと、やるべきことに取り組み、行動し続ける力を養い維持し続けることだ。20代を過ぎたらあたかも全てが手遅れで意味がないと断じる本書は有害で、人を不幸にする考え方だ。人生はそんな簡単なものじゃない。全てが自分の計画通りにスムーズに進むわけでもない。本書はレールに乗れた人たちばかりみて、頑張ってもレールに乗れない人の気持ちを考慮に入れていないと感じる。そもそも本書の対象が言ってしまえばちゃらんぽらんで不真面目な20代の人たちに危機感を持って行動してもらうことが目的だから、10代や20代でも普段から真面目に自分の人生に取り組んでいる人には読む価値がない。
本に書いてあること(人の言うこと)を鵜呑みにするのではなく、しっかりと自分の頭で考えることの重要性を認識した一冊だ。
関連記事
・人は死ぬときに何を後悔するのか 死ぬ瞬間の5つの後悔とは
・人は心から老いていく「ハーバード大学教授が語る「老いに負けない生き方」」レビュー
・エイジズムとの戦い「エイジズム(高齢者差別)に終止符を!」アシュトン・アップルホワイト TED動画