全ての生き方を模索する人に。「料理人という生き方」 道野正(著) レビュー

フランス料理人、道野正さんの「料理人という生き方」を読みました。道野さんは大学で神学を専攻し、料理学校にも行かずにフレンチの世界に飛びこんだという異色の経歴の持ち主。料理に限らず、全ての生き方に悩む人に向けて、心を打つ内容でした。道野正という一人の人間の自省録であり、自己と真摯に向き合うことで得られたであろう気づきを本書を通じて得る事が出来ました。

人はなろうとしたものになれる

自分の人生、一体何をするべきなのか。誰もが一度は考えたことであるこの疑問について、道野さんは「人はなろうとしたものになれる」と言います。料理人になろうと思った事も無かった人間が料理人になれたら、それこそ人はどんな者にだってなれることの証明だろう、と。

大学の就活の時期。神学を学んだからには教会の牧師になるという選択肢もありました。でも、自分が人生に迷っているのに人に説教なんて出来るはずがない。人を納得させる言葉を持つには、何かしら自分の立ち位置を持っていなければならない。そこで、それまで料理人に縁もゆかりも無かった道野さんは、言葉ではない料理という自分の手で作り出したものを人に手渡し、人を納得させることができる料理人という道を選びました。

本書はその料理人という生き方の選択をした道野さんの、自分の居場所をつかみ取るまでのヒント、気づきを得る事が出来ます。

全てのものは変わっていく存在

人は変化せざるを得ない生き物。それは、時間が流れているからで、変化しないものはこの世には存在しないのです。時の流れは一方向にしか無く、逆行することは出来ません。どうせ変化するしか無いのであれば、立ち止まるのではなく、より良く変化していこう、と道野さんは提案しています。与えられた時間を精一杯使って前向きに生きていくことの覚悟を感じます。

応援してくれる人の存在

道野さんがフランス料理のシェフを目指すことを教授に相談したそうですが、そんな突拍子も無い選択を反対されることも多く、その中で一人応援してくれる教授がいました。本書では「恩師」というエピソードで紹介されています。人は自分の事を応援してくれる人の存在がどんなに大切かを肌に感じることができる心温まるエピソードでした。人生はつらいこともたくさんありますが、理解者もいる。人生を生きると言うことは、いかにこの応援してくれる人を見つけ出せるかで大きく変わっていくのかも知れません。

一人の料理人の生き方を通して自分を見つめ直す

本書を読むと人のマネをするのでは無く、自分に出来る事を淡々とこなしていくことの大切さ、特に人や他者と比較することの無意味さを実感します。

「ぼくは今、自分独自の方法論で、ある程度無理なく料理を作れるようになっています。気持ちとしては自由です。人の仕事を見て敬意は表するけれども、それをうらやましいとは思わないし、真似しようとも思いません。ぼくは結局、ぼくの料理しかできない。それならばぼくももっと自分に忠実に、臆せず前に出てもよいのではないか。さらに高く飛んでもよいのではないか。」

誰にとって自分の代わりは存在しません。会社組織とかでは「お前の代わりは誰でもいる」というセリフを聞くこともあるけれど、でも一人の人間として、同じ人間は存在しません。人と比較をするのでは無く、自分に出来る事を、自分にしか出せない価値を人に提供することが肝要と言えます。

他分野にも活かせる創作料理発想のヒント

本書で紹介されている数多くの創作料理。道野さんはこれまでに無い革新的な創作料理を作り上げています。これまでに無い料理を生み出す、その着想の元はどこから来ているのか。

「ぼくは料理を考えるときに何かを参考にするということがなくなっています。まず、ある食材が思い浮かびます。それに対して、もうひとつ別の、組み合わせる食材を考えます。その組み合わせが全く今までにない、誰も挑戦したことのないものであれば、ぼくはちょっとウキウキします。それから、その相反するふたつの間に共通する何かを探します。それが考える時のヒントです。」

その答えは、一つ一つの素材という部品を大切にし、連想ゲームのように発展させて行くことです。他の分野からヒントを得て、共通点を見いだして組み合わせていく

「ぼくは色んな分野から自分の仕事のアイデアを見つけます。不思議なもので、ひとつのことにある程度精通すると、これまで無駄だと思っていたものが生きてきたりします。すべてが集約されていく場所があるという感じ。それが、料理人という仕事が生き方となっている証拠のような気がします。」

こうした考え方は絵画や音楽、デザイン、新しい商品の発想などにも応用できますね。

総評

読後感 ★★★★★★★★
満足度 ★★★★★★★+

一貫しているのが道野さんの「料理で人を喜ばせたい」という思い。料理という「言葉ではない何かで人を納得させたい」という気持ちです。そして、自分にしか出来ないことで、他人を喜ばすことが出来るものを提供することの大切さ。それが仕事に繋がるのですね。

料理人になんてなれないと思っていたのに、料理人なれた。この事実が人がどんなものにでもなれることの証明と言えます。何かを究めた人の言葉には重みがあります。本書もその一つ。道野さんの場合は料理人になりたくてなったというよりも、自分に出来たことが料理だったから、それと真摯に向き合って継続してこられたから出来た。自分に出来るかどうかも分からないのに、行動してシェフの世界に入り、「どうしてこの世界に入ってしまったのだろうか」と後悔もあったけれど、結局は料理の持つ人を幸せにする力を信じて続けていく。「自分に出来る事を継続して人を喜ばすこと」、それが仕事になるということ。これは料理に限らず、色んな分野でも当てはまる事だと思います。

全体としては良質なエッセイ集で、淡々とした文章ながらも人の心を打つ優しい言葉に溢れています。道野さんは文学作品を長年読み込んでいるとのことで、文章がとても深く、上手にまとまっており、エッセイのお手本とも言える内容でした。料理の写真もとても美しく、本の構成としてはエッセイと創作料理の写真付きの紹介ページが交互に折り重なっています。個人的にはエッセイの中でも「恩師」と「怒り」の二つのテーマがお気に入りです。前を向いて歩いて行こう、という気持ちにさせてくれる内容です。

料理と他の創作活動には共通点が多く、その発想のヒントを得る事ができたのも大きいですね。私は著者の道野正さんのことも、フレンチの世界のことも全く分かりませんでしたが、得るものがありました。普段自分が手に取らないような本を読むことは自分の知らない世界の扉を開けてくれます。

自分の人生の生き方を模索している人のみならず、クリエイティブに関心を持つ人にも何かしら得られる所は必ずある本です。自分の生き方は自分で選ぶそしてその選んだ生き方を信じて生き抜いていく。その道中には苦しいことも、つらいこともあるけれど、続けていった先に何かがある。生きづらくてせわしない世の中になっているけれど、どんよりとした先の見えない迷いの人生に一つの光を与えてくれる、そんな本でした。

「料理人という生き方」
道野 正(著)
有限会社マーズ 2018/6/19

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参考

道野正(Twitter)
マーズビブリオ(出版元)
ミチノ・ル・トゥールビヨン(道野さんのレストラン)
シェフからのメッセージ(本書の元となった道野さんのブログ)

 
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