【書評】無(最高の状態) 悩みと苦しみを生み出す自己と、それに囚われないで今を生きるための智慧が学べる一冊。

【書評】無(最高の状態) 悩みと苦しみの源泉である自己と、それに囚われないで今を生きるための智慧が学べる一冊。

【書評】無(最高の状態) 悩みと苦しみの源泉である自己と、それに囚われないで今を生きるための智慧が学べる一冊。
サイエンスライターの鈴木祐さんの『無(最高の状態)』を読み終えたので、自分なりに気づきや感想をまとめていきます。今回のテーマは無ということで、これは「意識としての私(自己)に囚われない状態」のことを言います。本書は古今東西の思想、仏教や禅宗などのアイデアから自己(私という意識)という言語化が難しいテーマを私たちが日常で感じる「不要な苦しみ」と結びつけてわかりやすく解説した一冊になります。

全ての苦しみは「自己」から生じている。

人はなかなか満たされない生き物です。日々の生活の中での不安や孤立、他者との比較による劣等感や対人関係でのいざこざ、過去のことを後悔し、未来のことを思い煩う…。多かれ少なかれ誰もが怒りや不安、嫉妬や恐怖、悲しみ、恥といったネガティブな感情を味わうでしょう。では、そのネガティブな感情はどこから湧いてきているでしょうか。

それは“私”という自己意識からきています。私が“私”と思う認識こそが私を苦しめます。

“私”が怒られること、批判されること
“私”よりも優れている他人を見ること、
“私”が悪いとみなされ、責任を負わされること
“私”ばかりが損をしていると感じること…

“私”という自己を基準に感情が生まれます。“私”という自己が苦しみの源泉であることは古く仏教などで教えとして言われてきました。肥大化した自己、自己愛、自己意識こそが苦しみを長引かせ、憂鬱や不安を生み出しています。“私”という「自己」はその人にとって、何が満たされていないのかを気づくための装置として機能し、“私”はつねに自分の置かれた状況と環境をモニタリングして過去や未来について思いを馳せて時にネガティブな感情という警報を鳴らすのです。

自己こそ苦しみを生み出す源泉なのだから、自己を消せばいいのでは無いか?と古典や宗教の教えなどでは言われてきました。しかし、自己をなくすというのは可能なのか?根本的な矛盾あるのではないか?そもそも苦しみを生み出している自己とはなんなのか?など、これまで多くの哲学者や思想家が自己の定義に取り組んできました。

自己は生存のためのツールボックスである。自己の役割(機能)を理解し上手に付き合おう。

本書では「自己は生存のためのツールボックス」であると捉えています。これは近年の神経心理学からきたもので、自己は以下のような機能の集合体として捉える見方です。

人生の記憶:過去の出来事やイベントを物語のようにエピソードとしてつなげて認識する機能。
性格の要約:私は内向的で引っ込み思案だ、自分はスポーツが好きだといった自分の性格を認識する機能。
感情の把握:私は怒りを感じているなど、周りの刺激に対して自分がどのように反応しているのかを感情として把握する機能
事実の知識:私は〇〇歳だ、私は男性(女性)である、といった事実を把握する機能
連続性の経験:過去の私と今の私は繋がって連続して存在していることを認識する機能
実行と所有感:自分がこの体の持ち主であり、行動と思考は私の意思によって決まることを感じさせる機能
内面の精査:自分の行動や思考をモニタリングして、そこから得た情報を元に新しい行動と思考に繋げる機能

これらの機能は社会的動物である人が生存していくために有利となり、問題を解決するための道具として備わっているものです。そして、ここで重要なのは自己とは脳が生み出している単なる生存のための機能の集合体(システム)なのだから、実際に起こす行動とは独立しているという気づきです。

“私”という自己が満たされない時、確かに自己というシステムは警報として不安や心配、怒り、嫉妬、悲しみなどのネガティブ感情を発しますが、実際の行動は必ずしもその警報に従わなくてもいいということです。

つまり、私という自己が消えて無(無我)の状態となったとしても、生存自体はできるしむしろかえって自己が発している余計な煩いごとがなくなることで、今目の前のことに集中できてパフォーマンスを発揮できる最高の状態になれるよね、というのが本書でいう最高の状態だと私は読み取りました。

物語を好む脳と物語から生まれる自己

そして、その自己は物語を好む脳から生まれています。ここでいう「物語」についての説明はとても難しいのですが、一般的に常識や当たり前だと思っていることは大体人の脳が作り出した物語だといっていいでしょう。

人はほとんどの時間を脳が作り出した物語の中に生きていて、自己という機能も物語から生まれています。

自己:脳が作り出す物語から生まれ、私は私であるとの感覚を生む機能の集合体。
自意識:物語から生まれた自己に強く注意を向けている、いわば自己に囚われた状態
アイデンティティ:自己を元に私はこういう人間であると想定した状態
自我(エゴ):自分と他人を自己という輪郭で明確に分けた状態

言い換えるならば、こうあるべき、こうするべき、善悪や道徳、「AだからB」といった脳にとってわかりやすく納得できる連続性や欠けた穴を埋める連想性を感じさせる認識(認知)の積み重ねが物語で、そこから自己が生まれてきます。自己と物語は相互に切り離せないもので、人は歪んだ物語を受け入れてしまうことで自己が余計な苦しみを生み出してしまいます

■物語について補足
物語と自己との関係自体は本書の「第2章虚構」で述べられているのですが、実際に説明するのがとても難しく感じます。物語とは人や社会それぞれが持つ信念や考えみたいなものでしょうか。場所が変われば人や属する社会や集団も変わるわけで、物語も変わります。動物は男はこうするべき、女はこうするべき、ある程度の年齢になったらこうであらなくてはならないといったことを考えるでしょうか?物語とはそういうもので、人の脳が物語を好む性質自体は人が生存するために欠かせない能力ではあるのですが、歪んだ物語が自己と結びついて苦しみを生み出します。

自己を克服するための様々な方法

本書ではその自己を克服するための様々な方法がまとめられています。

・身体感覚に注意を向けるための方法
・感情の粒度という今自分の感じている感情を豊富な語彙で捉える能力を高める方法
・苦しみを生み出す思い込み(本書でいう物語)にどう対処するか
・自己の囚われから脱却し、無我の状態になるための取り組みについて

具体的なやり方や詳細は本書を読んでいただくとして、以下に私が印象に残った点をまとめていこうと思います。

・人は自分の思い込み(採用した物語)に強く影響される。
→これまでの人生での経験によって積み重ねられてきた経験知(スキーマ)がその人の行動や意欲に強く影響を与える。(本書ではスキーマセラピーの方法論を紹介し、これまでなんとなく従っていた思い込みや常識とされた感じ方、ものの捉え方を再検証するやり方を示しています。)

・自己はあくまで物語から生まれた虚構でしかなく、距離を置くこともできるのだという気づき。
→自己を絶対視するのではなく、柔軟に捉えることで、感情をコントロールできる。

・どの物語を採用するかで生き方がだいぶ変わってくるということ。
→例えば同じ年齢でも「自分にとってまだまだ可能性に満ち溢れているという物語」を採用するか、「もうこの年齢だから今更何をやっても手遅れという惨めな物語」を採用するかでだいぶ生き方が変わってくる。

・苦しみ=痛みx抵抗
→自己が生み出す痛みに対して判断したり、対処しようとすると余計に囚われて苦しみが長引いてしまう。ただ受け入れ降伏する。自分にとってのよくない思考や感情を追い出そうとするのではなく、自分の中に居場所を与えて放置する。

まとめ もっと楽に生きるために。私(自己)という苦しみを生み出すシステムへの理解と対策が学べる一冊

本書は苦しみを生み出す自己(私という認識)に焦点を当て、いかにそれを克服するかについての理解と対策をまとめた一冊です。

苦しみをこじらせる人は全てを自分ごとに捉えるという本書の指摘が至極もっともで、たくさんの情報に触れることで自己が肥大化しているのが現代の生きづらさの原因であるのは間違い無いでしょう。

人以外の動物は明日のことにくよくよしません。過去や未来を深く考えず今目の前の世界を生きています。なぜ人だけが過去や未来を思い悩むのか。自分は不幸だと感じるのか。そこには不幸という感情を生み出す自己という生存のための機能があり、その背景にはその人が採用する物語があります。

もっと気楽に生きたい、自分は色々と考えすぎて不幸だと感じる人にとって、余計なことを考えないで生きることの大切さを説く本書の内容はとても刺さるテーマだと思います。

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新刊「無(最高の状態)」が7月16日に発売になるので、内容など軽くご紹介しまーす

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