今回は石膏像のヘルメス胸像について色々調べた事をまとめました。こちらは古代ギリシャの彫刻家、プラクシテレスが原型を作ったと言われています。美術関連の入試や美術予備校だと頻繁に目にするモチーフです。
ヘルメスってどういう神様?
この像のモチーフであるヘルメスはギリシャ神話でいう伝令と神託の神で、人々に神の叡智を伝える存在として崇拝されていました。のちに古代ローマ帝国にギリシャが編入されると通信(郵便)の神となって、人と人を結ぶ神として認識されました。
神の持つ知恵や知識を伝える神託の力を持つ伝令神だったのが古代ローマ時代に人と人を結ぶ神となり、マーキュリー(メルクリウス)と言われるようになり、そのころから足や兜に羽が生えるようになりました(伝書鳩からの影響)。
石膏像は古代ギリシャ時代の姿を基にしています。
この像の元となる大理石の像はアポロン神殿跡地で発掘され、肩には子供の頃のアポロンの手が載せられているとされています。一部の学説では子供の頃のデュオニソスの手である、と言われていますが(古代の見聞録がソース)、神話との関連で言うとデュオニソスは神の王を継がず、アポロンがゼウスの息子として全能の神(神々の王ゼウスの後釜)を継ぐので、その偉大なるアポロンに知識を授けた神としてヘルメスは崇拝される存在であるとした方が繋がります。
(デュオニソス派の学説だとヘルメスの右手がブドウの房に手を伸ばしているとしています。アポロン派だとヘルメスの右手は天上を指さしているとする見方など色々あります。そもそも古代の歴史については実証しようが無いのが難しい所です。)
造形の特徴 プラクシテレスの作り出した王道の造形
プラクシテレスの造形の特徴は、基本構造がきっちりと厳格な角度を用いているのに対し、表面はとても柔らかく、生き生きとしていることが挙げられます。まるで呼吸している姿を一瞬で捉えていかのようです。ブルータス像などのミケランジェロとの対比をすれば、ミケランジェロは息を止めているボディービルダーの姿を造形しているのに対して、プラクシテレスは現実にはない、車やスポーツ選手が走り出すときのその一瞬の空気感、呼吸感、つまりは理想のイデアや世界の真実に近い何か、インド哲学でいう大我に近い存在を3Dの造形にディフォルメして伝えている、と言えるでしょうか。
プラクシテレスの造形は単に柔らかいものだ、と誤解されやすいようで、土台の強固な角度構成を見失った古代ローマ時代の模刻作品ではプラクシテレスの良さが殆ど失われているといいます。
写実を超えたものを描き出そうとしているので、なかなか写真ではプラクシテレス作品の良さがわかりません。身近に見て触ったりするのをお勧めしたいですね。
■写実を超えている、とする具体例
写実は解剖学的にきっちりとそのままを造形しますが、プラクシテレスの作品は写実を超えています。例えば、解剖学的に筋肉は上にあげると引っ張られ、下げた時にしか膨らみません。しかし、このヘルメス像は右手を上げているのに胸の張りが残っています。
これは、この像にとって胸は呼吸するところとして生命感、呼吸感を伝える重要な役割をディフォルメして伝える箇所だからです。直近で見ると神々の力強さも伝わってきますね。
この石膏像は胸像ですが、全身像だとコントラポストと全身の柔らかさの両立がキチンと出ていますね。
■この像の欠点は?
日本人にとっては、顔がヨーロッパ人的でただの外人にしか見えないところでしょうか。顔だけだと、あまりに日本人離れしている印象です。まだ失われた右手が見つかっていないので、いつか見つかってほしいものです。
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