【書評と要約】「スタンフォード式 最高の睡眠」西野精治 まとめ・レビュー

スタンフォード大学で睡眠の研究をしている精神科医である西野精治さんの「スタンフォード式 最高の睡眠」を読了しました。巷によくある医者独自の健康法の本とは違って、科学的根拠・エビデンスに基づいた説得力のある睡眠の知識について学べます。

スタンフォード式には意味がある

日本人は肩書きに弱い人が多いからか、特に意味も無く権威付けのためにスタンフォード式とかハーバード流といった海外の名門大学の名前をタイトルに付けた本が多い中、この本にはちゃんとした理由がありました。睡眠医学に最も早くから注目していたのスタンフォードであり、睡眠研究のメッカ的存在であるとのこと。古くより睡眠障害の研究が盛んであり、他の大学で研究している著名な睡眠学の教授も一度はスタンフォードに籍を置いた経験があるそうです。

眠りの借金地獄「睡眠負債」を解消するために

睡眠負債とは、私たちが夜更かしや生活リズムの乱れなど毎日の不摂生で溜まる慢性的に睡眠時間が足りない状態のこと。睡眠不足によって起こる脳や体のダメージは蓄積しており、日中の眠気やマイクロスリープ(瞬間的居眠り)と言われる反応と意識の低下が起こります。睡眠不足は寿命を縮めるデータがあり、ホルモンバランスや自律神経の乱れ、食欲がコントロールできないことによる肥満の増加や記憶力の低下など百害あって一利なしです。

私たちは平日満足した睡眠が取れない時、週末に寝だめをしたり昼寝をしたりしますが、睡眠負債はそれでは回復しない、というのが大きなポイント。睡眠負債を返済して行くには、十分な質の良い睡眠を取る必要があります。睡眠負債を抱えている人が生理的に必要な睡眠時間のリズムを取り戻すのにはなんと3週間もかかったそうです。想像している以上に長期間かかりますね。

日本は世界でも有数の睡眠偏差値が低い国

諸外国と比べると日本人の平均睡眠時間は6.5時間。フランスは8.7時間、アメリカは7.5時間。さらには日本には睡眠時間が6時間未満の人が約40パーセントもいるとされています。6時間未満睡眠はアメリカでは短時間睡眠とみなされるレベルだそうです。

さらに自分が「実際に眠りたい時間」と「実際に寝ている時間」の差も日本では諸外国と比べると大きく、特に都会に住む人ほど眠れていないのだとか。

ショートスリーパーは遺伝によるもの


短時間睡眠でも平気な人たちがいます。ナポレオンなどは3時間睡眠でも可能だったとのことですが、研究の結果ショートスリーパーは遺伝で決まるとのことです。アメリカで行われた何十年間も6時間未満睡眠で平気な親子の調査では彼らの遺伝子のうち生体リズム(人の体に備わったリズム)に関連する「時計遺伝子」に変異があることが判明しました。同じ時計遺伝子を持つマウスを作った実験でも彼ら親子と同じようにそのマウスは睡眠時間が短くなっていたとのこと。

短時間睡眠で平気な人は、その短い睡眠が彼らのベストなリズムであり、安定しているのです。そのため普通の人が短時間睡眠を真似ようとすると身も心もボロボロになってしまいます。かくいう私も昔は「朝2時起き~」とか「短時間睡眠で〜」などの本から影響を受け、真似してみましたがダメでしたね。数日持てばいい方で、必ず反動がありました。結果として体調と精神の不調につながったので、やはり短時間睡眠ができる人は生まれつきそうした体質を持っていることが確信できたのは大きいです。

寝始めの黄金の90分を確保せよ


睡眠には2種類あり、脳が起きていて体が眠っているレム睡眠脳も体も眠っているノンレム睡眠の二つがあります。寝付いた後すぐに訪れるのがノンレム睡眠で、特に最初の90分のノンレム睡眠は睡眠全体の中でも最も深い眠りとなり黄金の90分と言われています。次にレム睡眠がきて、ヒトは間隔を短くしながら交互に2つの種類の睡眠をとります。明け方になるとレム睡眠の割合が多くなり人の体は覚醒に備えます。

睡眠メンテナンスで重要なのは最初の90分のノンレム睡眠です。必要最低限この黄金の90分間の質を高めることが快活で健康な生活を送るためには最も重要であるとのことです。どんなに忙しくても最低6時間は寝てほしいが、それでも難しいのであればせめてこの90分の質は確保しなくてはならない絶対的なものだといいます。

睡眠が果たす役割

睡眠が果たす役割についておさらいします。

■睡眠の役割
1.脳と体の休息。自律神経のバランスを整える
2.記憶を定着させる。悪い記憶、不快な記憶を除去する。(なお、寝ている時に学習する睡眠学習は全く根拠がなくデタラメとのこと。私も大学生の時に試しましたが、効果がありませんでした。)
3.ホルモンバランスの調整。大人も子供も関係なく成長ホルモンが最も分泌され、細胞や代謝、肌の水分量などに影響する。
4.免疫力を高める
5.脳の老廃物を除去する。新しい脳内髄液が出て、古いものと入れ替わる時に脳の老廃物なども流しとる。老廃物の例としてはアルツハイマーの危険因子である「アミロイドβ」がある。

睡眠の問題を時間で解決することは難しい人が大半です。そのため、睡眠は量より質で勝負することが提案されています。質の悪い8時間睡眠よりも、質の高い6時間睡眠をとったほうが効果的だということです。最初の90分さえ質をよくすることができれば翌日のダメージを最小限に抑えられ、逆にこの最初の90分の質が悪ければどんなに長時間寝ても起床時に気分がスッキリしないか、不安やストレスを抱えたまま1日を始めることになります。

では睡眠を良くするにはどうしたら良いのでしょうか。本書では体温と脳の二つのが睡眠スイッチの鍵だと言います。

良質な睡眠をとるための鍵1「温度(体温)」


良質な睡眠をとるための重要なポイントの一つが温度(体温)です。私たちは手足などの皮膚温度体内の深部体温の二つの体温でバランスをとっており、その二つが相互に関連し睡眠の質に影響を与えています。質の良い睡眠をとるには深部体温がしっかりと下がっていることが重要となります

日中覚醒している時は手足の皮膚温度は低く、体内の深部体温は高まります。一方で睡眠中は深部体温は下がり、手足は深部体温を放熱するために暖かくなります。この生理的なリズムをしっかりと意識することが良い睡眠をとるためには欠かせません。

体温の変動で私たちは眠くなります(厳密には皮膚温度と深部体温の差が縮まった時に私たちは眠くなる)。よくお風呂に入った後湯冷めする時に眠くなりますが、それも体温調整の一環で体がバランスを取ろうと深部体温を下げているからです。体温をコントロールするのに入浴はとても効果的で、深部体温を動かす強力なスイッチとなります。寝る90分前の入浴が効果的で、深部体温は上がった分だけ下げようとするので、深部体温がガクッと下がるタイミングに合わせて入眠すると効果的です。(すぐに寝たい場合はぬるま湯かシャワーで。足湯も効果的とのこと。)

熱拡散をさせて、寝る時の深部体温を下げるように調整すればOKなので、寝るときには靴下は履かずに薄着でいた方がいいでしょう。これは私も実践していて効果を実感しています。

ちなみに深部体温が上がると覚醒に近づくのですが、寝る前にスマフォやネット、ゲームなどで脳が興奮すると深部体温も高くなり、眠れなくなります。

良質な睡眠をとるための鍵2「脳」


生物には体内時計(サーカディアンリズム・概日リズム)があって、睡眠周期もこのリズムに支配されています。このリズムは網膜が受ける光刺激が鍵となります。特に朝日や午前中にブルーライトをしっかりと浴びることが体内リズムの調整に欠かせません。暗室で過ごした人や真っ暗な空間で生活を余儀なくされたマウスの実験では、生活のリズムが徐々に後ろにずれていった結果がでています。目が見えなくなった人、光刺激の受容体が減ってしまった人は光刺激を充分に受けられないため睡眠を起こすメラトニン物質の量も減ってしまうとのこと。

世間はブルーライトをなにかと悪く言いがちですが(かくいう私も昔はブルーライトカットにハマっていた)、ブルーライトは日中のパフォーマンスや集中力を高める効果が証明されています。本書によれば寝る前のブルーライトの睡眠の悪影響は誇張されており、よほど近くに眼球をモニターやパソコンに近づけないと睡眠への大きな影響は考えられないとの記述にはとても驚きました。寝る前のスマフォやPCが良くないのはブルーライトではなく操作することによる脳の興奮状態が睡眠に悪影響を与えているとのこと(脳の興奮により深部体温も上がってしまう)。日中はしっかりと活動して、ブルーライトも浴びて深部体温を上げておくことが良質な睡眠をとるのに欠かせません。

また、環境の変化に脳はとても敏感で、ちょっとの違いに人の脳は敏感に反応するのだそうです。常にいつも通りの環境で寝ることが重要です。その人にとっての睡眠のルーティン、いつも通りの時間に、いつもどおりの場所と服装で寝に入るのが大事。寝る前の習慣になっていたら読書もかまわないとのこと。その場合でもスマフォはSNSやゲームなど脳を興奮させるため、脳を興奮させないものが大事です。日中の活動では退屈はいやなものですが、睡眠にとって退屈は良き友となります。寝る前に脳は興奮させずに、退屈にさせて頭を使わないで過ごしましょう。

知識メモ:眠りたい欲求と睡眠圧

・眠りたい欲求である睡眠圧はアデノシンなどの睡眠を催す物質から来ている。カフェインはアデノシンの受容体をブロックするため、眠気覚ましに良いとされている
・覚醒物質はオレキシンという。日中活動を続けるのになくてはならない物質で、この物質の量よりアデノシンなど睡眠圧を高める物質が多くなると人は眠気に襲われる。
・オレキシンは食事と関連している。絶食状態だと増加し、満腹だと低下する。夜を抜くと眠れないのはこのため。夕食はとったほうが良い。
網膜で470ナノメーターの光を受けると覚醒し、脳のパフォーマンスが高まる。入眠スイッチを妨げるのはブルーライトだが、覚醒時のパフォーマンスを高めるのには必要。特に昼間にはブルーライトは大量に浴びるべきで、寝る前は避けるのが重要。覚醒と睡眠は表裏一体で、良い睡眠が良い覚醒をもたらし、良い覚醒が良い睡眠をもたらす。
・光刺激でセロトニンが作られ、夜に睡眠物質のメラトニンとなる。朝の光は最重要級。
・カフェイン類の摂取は寝る前には避ける。
・人との会話は覚醒のスイッチとなる。気持ちをシャキッとさせるのに会話は効果的。

眠りの定時を厳格に守る:まとめ

・寝る前にどうしてもやらなければならない仕事があった場合、夜更かしして入眠時間をずらすのではなく、起床時間を早める。入眠時間をコントロールするのは難しいため、起床の時間で調整する。守るべきは黄金の90分のレム睡眠。明け方に深い睡眠を取ることは不可能で地球のリズムに逆らう方法。睡眠週間は後ろにずらすのは簡単で、前にずらすのは難しく出来ている。
・進化の過程で人は昼寝を必要とする。時間は20分がベスト。昼間の眠気は正常な反応(食事をとることで覚醒物質オレキシンも押さえられることも眠気の要因の一つ)。
・入眠の直前には人の脳が入眠を拒絶するモードに一瞬入る。この睡眠圧に対抗する脳のシステムをフォビドンゾーン(forbidden zone)、睡眠禁止ゾーンという。重要な用事の前などでいつもより早めに寝ようとして、かえって覚醒してしまうのはこの脳の働きがあるから(ちなみにオレキシンが関係している)。脳のスイッチを早めに切ろうとすると脳は抵抗するので、入眠はいつも通り同じ時間で、起床を早めたほうが良い。どうしても早めに寝たいのなら、寝る時間の1時間前に入浴するなどして体温をコントロールして自然に眠気を誘発させる。

その他睡眠知識まとめ


・夢について。私たちは夜にずっと夢を見ている。レム睡眠はストーリーがあって実体験に近い夢ノンレム睡眠は抽象的でつじつまが合わない夢。ちゃんとした睡眠が取れていれば5~6回ほど夢を見ている(ほとんど忘れているだけ)。起床時はレム睡眠が多い。すっきりとした目覚めに見た夢には整合性がある(レム睡眠で起床)が、寝起きが悪い時の夢は不整合でカオス的(ノンレム睡眠の途中で起床)。目覚めの時に覚えている夢の違いは覚醒した時の睡眠状態の違いにあった。
・見たい夢を見るのは不可能。実験では再現できず。
健康の人の場合、入眠までに平均10分。寝付けないことで悩んでいる人が脳波を測定すると平均12分で寝付いていた。寝付きまでに2分の差があった。眠れないと言っている人でも測定の結果ちゃんと寝ていることが多い。本人の認知の問題だが、睡眠障害としては解決すべき問題であることに変わりは無い。
うつ病の人は最初の90分のノンレム睡眠がきちんと取れていない
・ノンレムとレム睡眠のサイクルは巷で言われている90分ではなく、個人差があり実際は90~120分など。90分のサイクルにこだわる必要はない。
・自分が睡眠を取れたかどうかは自覚症状で判断して大丈夫。睡眠は最も個人的な体験
・睡眠時無呼吸症候群は、寝ている時に誰かに首を強く絞められているようなもので、非常に危険。
・アルコールと睡眠について。少量ならアルコールは大丈夫。オペラ歌手は少量で強力なウォッカなどのお酒を愛用して眠りについている。しかし基本的にアルコールは利尿作用もあり、睡眠にとって害は大きい。寝る1時間前の少量に止めるか、飲むとしても寝る前の3~4時間以上(アルコール代謝の時間)は空ける。

総評

本の最後に参考文献一覧があるのは重要なこと。健康系の本はまず参考文献がないと。

 

エビデンス ★★★★★★★★★
有意義度  ★★★★★★★★★★
満足度 100%

医師が書いた科学的読み物はたくさん在りますが本書はエビデンスもしっかりしており(参考文献もちゃんと掲載されていて)、読みやすいのが大きな特徴です。正直なところ、読んでみるまでここまでキチンとした学べる本とは思っていなかったので良い意味で裏切られました。

よく眠るためには日中しっかりと覚醒する必要があって、太陽光やブルーライトをたくさん浴びることが重要で、夜は脳の興奮を抑えてしっかりと体温が下がるようにすること。この一冊で睡眠に関する必要な知識は学べるといって良いと思います。

■書誌情報
「スタンフォード式 最高の睡眠」
西野精治 (著)
サンマーク出版 2017/03/05

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