以前から気になっていた「絵はすぐに上手くならない デッサン・トレーニングの思考法」(成冨ミヲリ:著)を読破しました。読んで正解!これまで絵を練習して行く中で感じていたことや長年疑問に思っていたことが上手に言語化されまとめられていました。
目次(Contents)
絵が上手くなりたいと望む人への道しるべ
本書はあくまで絵に取り組むための考え方の本です。著者の成冨ミヲリさんはプロ向けのデッサン教室を長年運営されています(参考)。その運営経験から絵が描けない人の様々な原因を分析し、どうすれば効果的でその人の目的にあった練習ができるのかについて図版とイラストも含めてわかりやすく説明しています。既に絵が描けて、自分なりの方法論を確立して作品を生み出しているのであれば無理に読まなくてもいいかもしれません。ただ、漠然と定義されがちな画力を分類&整理し、職種や目的別に練習法が紹介されている本は日本では読んだことがありませんでした。
デッサンの分類が個人的に役に立った
個人的には長年の疑問だったデッサンの分類が参考になりました。以前デッサン教室に通っていた時期があったのですが、いわゆる受験デッサンと自分のデッサンの違いがわからなくてずっとモヤモヤしていたんですよね。その後アメリカ留学してアートのクラスも取りましたがそこでも日本の受験デッサンが独特に見えて。
■デッサンの3種類
・細密デッサン:見た目もリアルに写真のように緻密に細密に書き込んでいくデッサン。書店の趣味の美術参考本やデッサン参考書に多く見られる。
・受験デッサン:日本の美術大学特有の受験に特化したデッサン。細密デッサンと西洋デッサンの中間で、大きめの紙に制限時間を設けて描き込んでいく。全体を構成する技術と線の緩急や陰影と描き込みのバランス、時間内に書き上げる能力が必要とされる。(3cm四方に変化のない面があってはならないほど細密に書き込んでいく)
・西洋デッサン:アートとしてのデッサン。作品としてデッサンを捉え、制限時間も無く自分とモチーフと向き合う西洋伝統のデッサン。西洋絵画の巨匠のデッサンなどに見られる。
私の通っていたデッサン教室は西洋の伝統的なデッサンの流派でした。あくまでデッサンの流派の違いであり、高められる能力・目指すところは同じです。
デッサンは絵の総合力を鍛えるもの。巷ではデッサン不要論などの声がありますが、デッサンをしなくても絵は上手くなるし、デッサンをすることでも絵は上手くなるとのこと。芸大の彫刻科など造形系学科の学生の中にはアニメやゲームの二次元の絵が描けない人もいるそうです。デッサンが出来るからって全ての絵が描ける訳ではありません。デッサンは総合的に絵が上手くなるための練習の一つにしか過ぎません。私はデッサン自体が大好きなのでデッサンはドンドンやっていこうと思います。
模写は有効な練習法
漠然と模写は有効な練習法ではないのか?と考えていましたが、やはり模写から得るものは大きいとのこと。ただ、模写するときは考えながら徹底して真似をする事が重要です。なぜこの線の太さなのか、この物体の構造はどう解釈したのか、陰影や立体感はどう描いているのか、線の流れや動きはどうなのか、など自分なりに考え解釈することが重要です。
その作家の絵のタッチをそっくりそのまま模倣する過程で頭を使って考えながら模写をしていきます。なぜこの作家さんはこういう表現をとったのか、この作家さんはどういうフィルターを持っているのか、どういうディフォルメの技を持っているのか。
西洋絵画の巨匠であるルーベンスはティチアーノなど巨匠の作品を大量に模写していますし、音楽の分野でも模倣は多く見られます。何も無いところからは何も生まれない。過去の偉大な作品、自分の好きな作品から彼らの思考過程を考え、模写を通して自分の血肉としていきます。
現実にあるものから平面に落とし込む練習も欠かさずに
模写とは平面から平面の練習であり、アニメーターなどではかなり重要となる能力ですが、やはり現実の世界を描写する訓練は欠かしてはなりません(3D→平面の練習)。
アニメやゲームのキャラクターばかり模写するのは既にある他人のフィルターを経由したもので、その作家さんのフィルターを学ぶ事は出来ますが、やはり自分のフィルターを磨くためには現実世界と対峙しどう解釈して平面世界に落とし込むかの練習が必要です。
自分のデッサンを振り返ってみる
上の図は数年前に私が描いた最初期のデッサンです。私のデッサンを振り返ってみると形を取るのが苦手であることがわかります。
本書を読んで私が通っていたデッサン教室が受験デッサンではなく、西洋の伝統的なデッサンの流派だったということがわかりました。当時は違いが全くわからず、本屋の美術参考本コーナーに行って美大受験や美術予備校のデッサン本を眺めて、どうも違うなぁと感じていましたが、長年の疑問が本書を読んで解決した次第です。
当時から私はものの形を取るのが苦手で、形を取るってどういうことなんだ?と悶々と悩んでいました。いわば書店に多く並んでいるデッサン本は本書でいう細密・受験デッサンで、形と細部への書き込みを重視する流派です。西洋デッサンも受験デッサンも結局行き着くところは同じなので、好きな流派で練習していけばいいのですが、当時はどうして受験デッサンみたいにクッキリと形を捉えることが出来ないのか、と苦心していました。デッサンをしたからってイラストが描けるようになるわけではありませんからね。デッサンはあくまで目(脳みそ、フィルター)を鍛えるもので、基礎体力づくりのランニングみたいなものです。今思えば細密・受験デッサンに囚われずにのびのびと描けたら良かったかもしれません。継続は大事。
まとめと感想
いやー、この本はもっと早くから読んでおけば良かったと思う一冊です。本書が発売されていた2015年当時、本屋で平積みになっていたのですが少し立ち読みしてスルーしちゃったんですよ。というのも、それまで独学による試行錯誤やデッサン教室に行って絵についてはちゃんと努力してきたと思っていたので。本書のタイトルから「そんな分かりきっていることなんか今更知りたくないよ」という気持ちが湧いてしまって。今思えばただのつまらないプライドでしたね。無知の知って大事。
本書には絵を練習して行く中でずっと頭の中で漠然と思っていたこと、なぜ挫折してしまうのか?どういうトレーニングをすれば目的の能力の向上ができるのか?について言葉で詳細に説明されています。初学者が陥りがちな有名な参考書(ルーミス本やジャックハム本)などをどう使うかについても描いてあります。自分に自信を持つこと、自分のセンスを信じることなどメンタル面のアドバイスも有益でした。
本書を読んだだけでは絵が上手くなることはありません。結局絵は考えて量をこなさなければ上手くなりません。ただ、本書は自分の絵を磨く長い冒険の中でその冒険をサポートしてくれるコンパスのような、暗闇を照らしてくれる灯火のような役割を果たしてくれます。
最初は誰だってできなくて当たり前。やればできるの精神で今後も継続して何かに挑戦していきたいものです。
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