「フリーランス、40歳の壁」竹熊健太郎 読了 まとめ 感想 レビュー 40歳の壁っていうけれど

竹熊健太郎「フリーランス、40歳の壁」を読了しました。今回はそのまとめ、感想記事になります。私はこの本に出てくる人たちは全然知らなくて(もちろん竹熊さんのことも存じ上げず)、唯一知っていたのは本屋で「うつヌケ」の表紙を見たことがある田中圭一さんぐらいでした。現在の私の立場が一応自由業・フリーランスに属しているので、将来起こるかもしれない最悪の事態をあらかじめ知っておこうと思い読み始めましたが…。どうも全体的に40歳の壁を無理矢理定義している感じが否めず、読んでいて違和感を感じたのと、大変だったことや苦労した話をやや悲劇的に書いているので読んでいて暗い心配した気持ちになりますが、よく読んで考えてみればそりゃそうなるよなぁ、と本人の考え方や行動、気持ちの持ち方による自己責任だろうと思う箇所もとても多く、本のタイトルにある40歳の壁は鵜呑みにしなくてもいいな、というのが私の感想です。本書の価値はこの本で紹介されているフリーランスの生き様にあります。

◆書誌情報
「フリーランス、40歳の壁 自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?」
竹熊健太郎
ダイヤモンド社
2018年4月18日

ライター業を中心としたフリーランスの生き様が中心。でも壁は?

フリーランスには2種類あって、一つには会社で順当なキャリアを積んで積極的に会社から独立の意思を持ってなった人、もう一つに適応障害や発達障害などで社会に属すことができず、否応なくフリーランスになった人があると言います。本書は後者の何の資格も持たない、作家として生きるフリーランスに焦点を当てた話になります。本書に出てくる人物は竹熊健太郎さん、とみさわ昭仁さん、杉森昌武さん、田中圭一さん、FROGMANさん、都築響一さんとなっていて、主にライター・漫画家・作家業であり、それ以外の業種に関しては触れていません。ですからフリーランス全体のことではなく、主に出版社と関わり合いのあるフリーランスの生き様の話が中心です。

最初は竹熊さんのフリーランスとして生きざるを得なかった人生が綴られています。バブルという時代の波に乗り、様々な出会いもあって、「サルまん(サルでも描けるまんが教室)」の大ヒットに繋がります。業界人としてのコネクションや、業界における自分の立場を築くことがフリーランスとして生きる上で重要とのことです。こうした80年代の時代背景がイメージできるのはなかなか面白い所です。

こうしたフリーランスの生き方の流れは参考になったのですが、具体的な40歳の壁については私は共感できませんでした。どうも、竹熊さんは過去の当たった仕事と同じような仕事が舞い込む流れに陥り、同じような仕事にうんざりしてしまったそうです。それでやりたくない仕事を断り続けたというのですから、仕事がなくなるのは自業自得と言わざるを得ません。問題は担当編集者が年下になってしまうことを仕事がなくなる理由にしていることです。本書のタイトルである40歳の壁ですが、一言でいうと「40歳を超えたら担当編集者が年下になるから仕事がやりにくくなり、仕事が減っていく」に集約されます。40歳を超えたあたりから担当が年下になり、気を遣われれ、距離が遠のき仕事が減っていくとのことでした。40歳を超えても仕事に困らないためには特別な才能、専門領域を持ち、余人を持って代えがたい先生になるか、キャリアを持ち出版社の偉い人とお友達になっておく必要がある、とのことですが、己のスキルを磨き強みを持つことは社会で生きていく上で当たり前のことで、本書で40歳の壁と定義される年齢に限った話ではないと思います。完全年功序列の組織で働いているのでなければフリーランスに限定される類いの壁ではなく、どの業界で働いている人にも、組織で働いている人も、年齢による変化は誰もが経験するような自然なことです。本書から受ける印象は、ただ担当編集が年下になって仕事がやりづらくなることぼやきたいだけではないか?と感じました。本書ではフリーランス、自由業は一歩間違えればホームレスになるというような悲劇的側面を強調していますが、個人的には会社に属していたとしてもいつ倒産するかも分からないし(むしろスキルがない会社員が突然首になってしまった方が危険だと思います)、フリーランスも会社員も未来のことは誰も分からないと思っているのでフリーランスのマイナス面に関しての本書の記述は素直に首肯しかねる部分が多いと感じています。

竹熊さんはヒット作もあるし、結婚も経験しています。本人曰く、締め切りも守れず、複数の仕事が同時に出来ず、税金の勉強もせず(なんとフリーランスなのに青色申告をしていないとのこと!)、借金もして発達障害の診断もあって、やりたくない仕事はやらないスタンスとのことですが、ちゃんと現在までフリーランスで生きているし、大学教授の職も得られたこともあり、とても恵まれていると思いました。むしろこんな人でも結婚でき、ちゃんとフリーランスとして生きて行けるなんて日本っていい国じゃん、という印象を持ちました。私が思うに、フリーライターや作家さんは大手出版社のような年功序列で給料も高い編集者(社員)との付き合いが多いため、自分が40歳を超えたあたりから社員編集者と比較して卑屈になっているんじゃないかな、と思います。

本書の価値はフリーランスの生き様にある

40歳の壁には共感しかねるものの、本書の魅力は紹介されているフリーランスの生き様、人生との向き合い方のほうでしょう。

とみさわ昭仁さんはポケモンで有名なゲームフリークとコネクションを持ち、会社とフリーランスの両方を行ったり来たりして自分の好きなことを追求していきます。結婚も妻子もできましたが、仕事がなくなった絶体絶命の時に昔付き合いがあったゲームフリークのメンバーに助けて貰ったとのこと。(ゲームフリークについては田尻智さんの学習マンガに詳しく載っています。)

杉森昌武さんはビジネスセンスに長けており、大学時代から1000万もの年収があったとのこと。文章も書くけれどもヒットするコンテンツをプロデュースする能力が高く、ヘアヌードを大胆に雑誌に取り入れて発行部数を一気に増やしたとか。自分の編集プロダクションを持ち、学生時代に知り合った奥さんの協力もあったとか。「おもしろい企画」、「売れる企画」を別々に思いつくのではなく、「おもしろくて、売れる企画」を発想するのが得意だったとのことで、本人の職業という意識も低く、好きなことを好きなようにしていたらいつの間にか職業になっていたというダイナミックな生き方が見れます。

「うつヌケ」の作者である田中圭一さんはなんとサラリーマンと漫画家を両立させた生き方をしています。サラリーマンとしての田中さんは営業として、漫画家ならではのコネクションや企画を打ち出し、それらは成功を収めることも多かったのですが、同僚サラリーマンからの嫉妬で自分の企画が通らなくなり、人は嫉妬する生き物であることを知ったとのことです。能力はあるのに最終的には職場環境で鬱にもなってしまったのですから、いかに働く環境、誰の元で働くかが人の幸せに影響を与えているかが分かります。田中圭一さんは誰もパロディを書いていなかった手塚治虫の画風をそっくり真似た、手塚本人が絶対描かないであろう内容をパロディマンガとして世に送り出し人気を得ました。

アニメ業界で活躍するFROGMANさんはこのまま映像業界で押しつぶされる人生よりも、自分にできることをやろうと島根県に移住し、独立。独自の自主制作アニメがYoutubeなどの動画サイトの台頭と共に大ヒット。コストを切り詰め、徹底的に自分の出来ることを追求していき成功を収めました。借金をしないクリエーターほど強い者はいない話では、人間のクリエイティビティを発揮するためにはお金の心配が無いことが大切で、スポンサーを募らないことによる自分ルールを作り出せる環境が良かったとのこと。

都築響一さんは何度も正社員に誘われましたが断ってきました。近年は入館証や社員証をぶら下げる出版社が多く、フリーランスの出入りも厳しくなり、出版社に遊びがなくなってきました。書籍や雑誌の仕事は必ずしも「合理」で動くものではありませんビジネス目的以外の人間関係から重大なビジネスに繋がるアイデアが生まれてくるとのこと。会社にセキュリティがつくということは作品がお金を生んでいる証であり、それではリスキーな企画は出来なくなるし、企業は保守的になっていくそうです。正社員の誘いに関しては、給与は高かったけれど異動があり、仕事はフリーにまかせて組合活動にだけ熱心な働かない社員と一緒になりたくなかったからとのこと。一度も「壁」にぶち当たったことがないという都築さんですが、私は都築さんのこうした明るいフリーランスの姿勢に共感を持てます。

最終的に竹熊さんはブログを始めます。ブログという自分が持つメディア(オウンドメディア)で自分の好きなように発信できる場を持つことで出版社に依存することない自らの活躍の場を見いだしたのでした。そして人に使われる立場ではなく、どうしても会社員として向かない人は起業することを考えてみたらどうか、と本書を結びます。

満足度40%

まとめるに当たって再度本書の初めから終わりまで目を通しましたが、やはり本書のいう40歳の壁には共感できませんでした。無理矢理40歳の壁を定義し、「年下担当者との仕事はやりづらい」とぼやいている風に感じます。私からすれば仕事相手が年下だから(年上だから)なんだよって感じです。そりゃあみんな歳を取れば壁は多かれ少なかれ迎える訳で、竹熊さん自身が年下担当者とやりづらいから相手(担当編集者)もそう思っているに違いない、と思い込んでいるのではないかと思います。

前々から思うのだけれど、日本では年齢で区切って型にはめたようなタイトルの本が出すぎだと思います。人の人生は年齢で区切れるほど一般化できないし、単純なものではないです。これからの時代はネットの発達や個人メディアの台頭によりますます副業やフリーランス的生き方が多数となっていくのが予測されるので、この本はその時代の流れに逆行しているな、と思いました。本書の中ではフリーでやっていくには妻子を持たないこと、と言いつつ結婚していた(子供は作らず離婚)のも計画性がないですし、本書で紹介されているフリーランスの多くは妻子がいるので矛盾しています。フリーランスとして生きる上で必要最低限の税金の勉強していないのもだらしないなぁと感じます。そんな中、竹熊さんは大学教授の職にもありつけているし(のちに精神を病んで自ら手放しますが)、フリーランスとして凄く恵まれた環境にあったのに、わざわざ40歳の壁という年齢で不安を煽るタイトルで本を出したのがなんとも卑屈っぽく感じます。

私はアメリカに留学した経験もあるのですが、年齢なんてほとんど意識しません。仕事ができるか、できないか、だけです。年下だからとか年上だからはいかにも年功序列的な日本人的発想だなぁと感じました(年齢を意識する文化は韓国と日本に強い印象)。日本にはいろんな良さがあることを実感していますが、自分でどうにも出来ない年齢によって型にはめる思考の文化、加齢を悲観的に捉える考え方だけはどうにも私は好きにはなれません。

本書タイトルの40歳の壁を鵜呑みにせず、真面目に今できることを愚直に努力し、前進し、壁とか年齢とか気にしている暇があったら自分を高めようと思う一冊でした。

参考

電脳マヴォ 竹熊健太郎監修のマンガ掲載サイト
とみさわ昭仁Twitter
杉森昌武 はてなキーワード
田中圭一 Twitter
FROGMAN 公式
都築響一 メールマガジン公式

 
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