心理学者サム・サマーズの「考えているつもり 「状況」に流されまくる人達の心理学」を読みました。いかに人が状況に流されやすいか、周囲の環境に影響を受けているのかを数多くの心理学研究に基づいて考察した本です。以下その要点と感想です。
「考えているつもり 「状況」に流されまくる人達の心理学」/原著「Situations Matter: Understanding How Context Transforms Your World」
サム・サマーズ著(Sam Sommers)
江口泰子[訳]
ダイヤモンド社 2013/4/26
目次(Contents)
人は「見たまんま」に流される
私たちは容易に「見たまんまに」流されます。アメリカで行われた調査では、クイズ番組の司会者は一般出演者よりも遙かに賢く見え、家庭教師にお願いしたい人としても専門家を退けて選ばれる確率が高いという結果が出ました。「これは論評する人は賢く見える」という心理学研究とも共通点があります。→参考:批判的な人ほど賢く見える? その理由と応用例
性格や振る舞いの大部分を決めるのは「状況」です。私たちは相手の一部のふるまいや行動をみて、ずっとその人がそういう行動をする、一貫してそういった性格を持つ人だと容易に信じ込んでしまいます。
広告業界ではスポーツ選手や芸能人が使われますが、「それも何か一つ優れたものがあれば他の部分でも同様に優れているに違いない」という人々の見方から来ています。下着の広告を打つときに、下着の専門家よりも専門家では無いプロバスケットボール選手のマイケルジョーダンが出演したほうが人々に良い印象を与え、説得力を持つのです。
傍観者が多ければ多いほど責任が分散する
状況の力はとても強く、周囲に人が多ければ多いほど個人としての責任感が減り、普段親切な人でも利他的行動が取れなくなります。助けを求める人の近くに傍観者が多ければ多いほど、他の誰かがなんとかしてくれるだろうと思ってしまうのです。
都会の人ほど冷たいと感じるのは、一対一なら親切な人でも、人が多い場所ほど傍観者意識が働き親切心を発揮することが難しいからです。
社会的手抜きという現象があります。綱引きでは人数が少ないほど一人の力は強く、人数が多くなるほど一人一人の力は減っていきます。
同様に、周囲に人が多いほど不特定多数(匿名)の影響が強まり、普段はしない事や悪ノリをしやすくなる傾向があります。匿名を利用したネットでの攻撃や渋谷のハロウィンでの馬鹿騒ぎもこうした匿名性と周囲に人がいるという状況が心理状態に影響しているからです。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という心理は人の傾向を正しく示しています。
周囲の人達の状況に私たちは強く影響されています。みんなが動かないときに自分一人が何か積極的な行動を起こさなくなるのは国境や人種、場所を越えて人類共通です。
「行動を起こさないという慣性の法則」は、多くの人間と一緒にいる時により強く作用するのである。
本書の中でも特に印象に残ったのは、自殺寸前の自殺志願者に写真撮影を頼むという話です。サンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジは自殺の名所としても知られ、悲しいことに多くの人が自殺していると言います。車が走り、日常が営まれているそのすぐ側で、人の死が行われている。この対比がまさにシュールレアリスティック(実際に起きてはいるが非日常的)な光景であると言えます。本書では橋の上で自殺を考え目に涙を浮かべている人に、観光客が写真をお願いする事例が紹介されています。人が多ければ多いほど、活気があるところほど個人の状況を考慮することなど薄れてしまうのです。
そのため、群衆に対して何か助けを求めるときは、匿名性と曖昧さを払拭することが肝要です。例えば「そこに立っている緑の帽子の男性の方」「そこの二人組の女性の方」と具体的に明快にさせてあげることで助けを得られる確率が段違いに上がります。
集団と服従の心理
人は状況に流された方が楽です。暗黙のルールや規範に従えば、自分で考えるよりも遙かに楽です。「自ら考えて行動しなくてもいいモード」に人は陥る傾向があります。これは考えるよりも周囲に同調した方が良い、という意識に繋がるほか、犯罪を犯していないのに状況証拠のみで強く自白を強要されてしまう問題に繋がります。
集団圧力や規範についてはアッシュの実験が紹介されています。→参考:人は誰でも同調圧力に屈する アッシュの同調実験 Asch conformity experiments。これは明らかに間違った答えでも集団が一貫して誤った回答をしていると、つい自身もそれに合わせた間違った回答を選んでしまうという傾向を明らかにした実験です。
電気ショックで有名なスタンレー・ミルグラムの服従実験では、多くの善良な市民が言われるがままに致死量となる電気ショックを他者に与えました。実験の概要は、被験者は実験者の指示したとおりに電流を流すというものですが(実際には電気ショックを流さずに演技をするサクラを使う)、電流を流す相手がどんなに苦しんでも被験者は指示されたとおりに致死量を遙かに超える電流を流しました。電流を流した人は普段はごくごく一般的な善良な市民です。
「状況」がその人のパーソナリティや本来の性格を超えて、残忍な行動や本心とは違った行動を取らせるのです。
本当の自分は比較から生まれる
本書では「本当の自分」というのも状況から作られているといいます。自分の周りにどんな人がいるのかが、最もその人のアイデンティティを規定しているのです。
例えば自分では身長が高いと思っても、外国や大学に行ったら周囲には自分よりも背が高い人がたくさん居るから背が低いと認識したり、楽器や絵が人よりも上手いのにもかかわらず、インターネットの発達でプロレベルの技術を持った人達を間近に見て自分は全然たいしたことが無かった、と思い込んだりします。
私たちは常に周りとの比較で自己を定義しているのです。
意志決定も「状況」の影響が強い
私たちが普段何を好み、何を選択するのかも状況が大きく影響しています。
ミシガン大学のリチャード・ニスベッドとヴァージニア大学心理学部教授ティム・ウィルソンが行った消費者行動の実験があります。(University of Michigan nylon stocking and construction noise studies; nisbett and wilson 1977)
実験ではナイロンストッキングを4つ並べ、どのストッキングが最も優れているのかを評定して貰いました。その結果、ストッキングはどれも同じだったのにもかからわず、ストッキングの並べられた順番で評価が決まっていました。一番右に配置されたストッキングが最も評価が高く、左に置かれたストッキングほど評価が低かったのです。
自分で決めているつもりでも、実は大部分の意志決定が状況によって左右されているのです。
男らしさ、女らしさも「状況」が作ったもの
本書によれば男らしさ、女らしさも環境で形づくられていると言います。
数学の苦手な女性という意識に関しての調査では、試験に「この数学の試験は男女の差はないものです」と文を1つ添えるだけで男女の成績の違いが無くなりました。女性のほうで「女性は数学が出来ない」との意識があることが数学の試験のパフォーマンスを下げていました。TVゲームでも、攻撃性の研究でも女性と男性では明確な違いは見られなかったといいます。
ホルモンによる性差の違いはあれど、私たちが思う男女の違いは、ほとんどが社会規範に適応する形で表面化しているのです。
恋愛でも「状況」が重要
最もプライベートな感情活動である恋愛の分野でも「状況」が大きく作用しています。
物理的な距離感の近さが実際の恋愛活動に及ぼす影響はとても大きいとのことです。「ご近所」であることが恋愛の成就に大きな影響を与えています。私たちは見覚えがある姿形に親近感を覚え、例えば名字が似ている人や自分とどこか外見が似ている人に惹かれ合うそうです。実際に夫婦やカップルを観察してみると顔や雰囲気がどこかしら似ていたり、なにかしら共通点があるのが分かりますね。
評価・感想
充実度 ★★★★★★★
満足度 ★★★★★★★+
人のもつ意識や好み、行動の大部分はその人が置かれた状況に起因していることをたくさんの心理学研究を元にまとめあげた本です。ちゃんと巻末に参考文献や元となった心理論文が記載されているのもポイントが高いです。
「考えているつもり」が本書のメインタイトルですが、副題の「状況にながされまくる人の心理学」方が本書の内容の的を得ていると思います。私たちの世界観の多くが周囲との比較で成り立っていることや、自分で思っている以上に「状況」や「環境」要因が自分の行動や選択、意識を決めていることに気づかせてくれる良著でした。
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