【書評と要約】「選択の科学」シーナ・アイエンガー 豊富な心理学的知見に裏打ちされた意志決定の心理学

【書評と要約】「選択の科学」シーナ・アイエンガー 豊富な心理学的知見に裏打ちされた意志決定の心理学

今回は意志決定の心理学の豊富な知見が得られるシーナ・アイエンガーの「選択の科学」を取り上げます。私が心理学科の学生だった頃、行動経済学のゼミで読むのを薦められた一冊で、人が選択するのはどういう過程を踏んでいるのか、選択を決めるということはどういうことなのか?についての理解が深められます。人生は選択の連続というように、食事や買物、就職や転職、誰と友達になり、恋人になるかなど大小はありますが常に選択をしています。多くの人は無意識のうちに選択を行なっていますが…。

選択できることで人は幸せになれる。

結果がどうあれ、自分で選択する事が満足をもたらす。
結果がどうあれ、自分で選択する事が満足をもたらす。

誰かに押し付けられた人生よりも、自分で選択した人生の方が幸せになれる。これは様々な物語でも語られるテーマですが、実際に人は自分で何かを決定できること、言い換えるならば自分自身や自分の置かれた環境を自分の力で変えることができるという認識を持つことが幸福感を高めます。

これは、自分の選択が自分自身や周りの環境を変化させる力があることを実感することが大きく関わっていて、これが実感できない環境に置かれてしまうと無力感に陥ってしまいます。たとえ得られる結果が少ないものであっても自分で選ぶことを本能的に欲する傾向は動物にも見られ、野生の動物と比べると動物園の動物たちの寿命ははるかに短いとのことです。いわば、選択するということは人間や動物の本能であり、元気に快活に生きるためには欠かせないことなのです。

宗教上の理由で定められた結婚は必ずしも不幸をもたらさない。信仰と選択と幸福感について。

両親が取り決めた結婚に従う地域では、相手の顔を一度も見ないで結婚することがあるのだそうです。誰と結婚するかという選択を彼らは放棄しているわけですが、必ずしも不幸になるわけではなく結婚してから徐々に愛情を深め、仲の良い夫婦となることが多いのだとか。

また、信仰に厚い人ほど信仰を持たない人に比べて鬱病に悩まされる割合が減り、信仰の取り決めやしがらみがあるにも関わらず「自分の人生を自分で決めている」という意識を持つことができていることがわかりました。

「行動の自由の制約は必ずしも自己決定感を損なうわけではない
思考と行動の自由は必ずしも自己決定感を高めるわけではない

ということです。選択の価値は一人一人がどういう考えや物語を聞いて育ち、どのような信念を持つかによって決まります。個人を重視する個人主義、集団や周りの規範に習うことを重視する集団主義的に判断するかどうか。一つに選択という行為を取り上げてみても、選択に何を期待するのか、どのように選択を判断するのか、選択に対する人々の考えは国や文化によってまるで違うのです。

誰もが自分は平均以上で、ユニークであることを望んでいる。

みんながみんな他者よりちょっと出来て、目立つことを望む。でも、仲間はずれの少数派にはなりたくない。
みんながみんな他者よりちょっと出来て、目立つことを望む。でも、仲間はずれの少数派にはなりたくない。

人はその他大勢と一緒にされることに耐えられず、多くの人が自分は平均以上に物事が理解でき、仕事ができ、ユニークな存在であると思いたがっています。これは、自分自身のことは自分が隅から隅まで知っているからということもありますが、多くの人は他人も自分と同じように複雑に考え思考する存在であることに気がつかないということでもあります。飛び抜けた個性はほとんどなく、どんな人でも平均の範囲に収まることがほとんどですが、自分がその他大勢に分類されることは本能が否定するという人も多いのではないでしょうか。自尊心を健全に保つには、大勢の集団からちょっと目立つ程度で、かつ極めて少数の奇抜者にならない範囲の選択を多くの人が選びます他人の選んだものは選びたくない心理も同様です(まねっこしたくない)。

選択は認知的不協和にも左右される

認知的不協和とは、自分の思考と行動を一致させようとする傾向のこと。普段私たちは自分は内向的だ、読書が好きだ、スポーツが好きだ、甘いものが好きだ、といったように、様々な自分を定義して自分の世界をカテゴリー分けしています。私たちはその分類に一致することを好むので、それらの考えに矛盾した行動はとりにくくなります。過去に行なってきた自分の思考や選択も積み重ねられて強化されていきます。要するに矛盾なく辻褄があうように今の行動を説明しようとします。自分から見て、周りから見て、一貫した自己像にあった選択や行動を行います。(自分はこういう人物だと思う→それに一致した選択を取る)

自制心が人生に大きく恩恵を生み出すが…

心理学の有名な実験にマシュマロテストというものがあります。これは小さなこどもに目の前のマシュマロを食べてはいけないよ、と言ってどれだけ我慢できるのかを試すものです。本能では「食べたい」命令を出しますが、思考では「今食べてはいけない」という心理的葛藤の状況を生み出します。結果的に食べてしまう子供が多いのですが、大人でもこれと同じことをしている人が多いとのこと。

キーとなるのが自制心。今少し我慢して将来の大きな利益を取る選択ができれば良いのですが、実際は将来の120円より今の100円を選ぶといった感じの選択肢を取る人が多く、こうした小さな損の選択の積み重ねで人生全体から見て大きく差がついてしまうとのこと。誘惑に負けてしまうことは、短期間の満足を生むものの、それが頻繁に続くと将来的に大きな損となりかねません(スマフォゲームのガチャ課金なんて特にそうですね…)。

直感はフィードバックの検証が必要

ベテランになる程直感に判断を任せたくなりますが、これが機能するのは選択の後の結果のフィードバックを検証している分野に限ります。あくまでも直感はその状況に対しての認識であって、その認識が正しいかどうかはしっかりと結果を内省して正しいのか間違っているのか検証する必要があります。

自分の幸福に関する問題は全部重大な問題

人は他人にアドバイスをするときは客観的に正しく評価・判断できますが、こと自分の幸せに関わる問題となると判断が鈍ることがあります。とかく自分に関する事は重大な問題であると思いがちで損をしないために様々なバイアスが働くからです。

予測は自己成就的。私たちはブランドを消費している。

ブランドの持つイメージはとても強く、コカコーラが世界に展開した広告キャンペーンの影響は文化の一部に残っていることも(クリスマス→コカコーラorケンタッキー、サンタクロース→赤など)。
ブランドの持つイメージはとても強く、コカコーラが世界に展開した広告キャンペーンの影響は文化の一部に残っていることも(クリスマス→コカコーラorケンタッキー、サンタクロース→赤など)。

ファッション分野では流行色が決められるとデザイナーがそれに従うといった流れがあるように、未来の選択はある程度自己成就的(自分の予測に見合った選択を行う)になっています。また、頻繁に流されるCMなど単純接触効果で何度も触れた対象への良いイメージや長年積み重ねられたブランド、商品が提示される場所の雰囲気は消費者の商品に対する認知も変えます。ただの「水道水」よりも高級レストランで「ロー・デュ・ロビネ(フランス語で水道水の意味)」とラベル付けされたボトルに入った水の方がずいぶんと美味しく感じられます。同じ水でも「クリスタルガイザー」のような仰々しく名前付けされた水はなんだか良さそうに思えて、実際にロングセラーになっています。身近なところで言えば、ただのラーメンよりも、北海道ラーメンと名前がついた方が美味しそうです。自分たちが受ける印象や選択はそのものの実態よりも名前やブランド、環境から受けとる情報に大きく左右されています。

ジャムの実験:選択肢が多いことが幸福に繋がらないわけ。

選択肢が多いことは、思考を必要とし、結果的に疲れて判断力を低下させる。
選択肢が多いことは、思考を必要とし、結果的に疲れて判断力を低下させる。

選択肢が多いこと=良いことであると思いがちですが、多すぎる選択肢は結果として判断を鈍らせます。ジャム屋の実験では、あまりにも多くの種類のジャムを集めたお店よりも、品揃えの少ないお店の方が売れ行きが良かった結果が出ています。選べる選択肢が多すぎるとそれを比較検討するのに思考力を消費します。人は考えることをしたくない生き物なので、結局選択に疲れて決められず商品を買わないのです。これは人生の選択にも言えることで、選択が多いほど人生は悩みますし、選択が狭まればその人なりの道や生き方も定まっていきます。必ずしも選択や可能性が多ければ多いほど幸福であるとは限りません

禁止されたものほど欲しがる心理的反発

選択の自由を制限されるような、何かをしてはいけないものはかえってやりたくなってしまう傾向があります。数量限定品に心惹かれてしまうのもこうした心理が働いているのでしょう。「キリンのことを考えるな」と言われるとキリンのことを考えてしまうように、何かを禁止されるとそこに注意が向いてしまうことも影響しているでしょうね。本書によれば何かを禁止したければ、ゆるい抑制程度に留めるのが良いとのこと。タバコに重税がかけられるのもゆるい抑制例の一つです。完璧主義に全部禁止しないのがポイント。

感想・まとめ 選択の重みや価値はその人が生まれ育った環境で決まる。

本書全体を通して見えてきたのは、選択こそがその人らしさ、人間らしさを決定づけるということです。「選択しないという選択」も自分の意志で選択しています。選択の積み重ねがその人を形作っているのだな、と感じます。

選択をする行為は将来を見据える行為です。難しい選択は思考し、消耗させ迷いを生みますが、同時に自分の人生を自分で選択できる感覚は人生の自己決定権を高め、充実感を生みます。自分の選択が将来どうなるかは分からないものですが、それは世界や未来が不確実であるからです。人生万事塞翁が馬という故事にあるように、自分では不本意な選択が後から良いことだったと感じることもあります。

本書では多くの選択に関するトピックを扱いながら人が陥り易い選択の傾向が包括的に述べられています。中でも第一印象で感じる本能的な思考(自動思考)と後からくる思考による判断である熟慮思考についてのトピックは興味深かったです。正しい意思決定・選択をするためのヒントとしては類書にダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」があるので、こちらも機会があれば記事を作りたいと思います。

選択に関しての豊富な知見を知りたければぜひ読んでみてください。自分の選択についての分析に役立つ知識が得られるのはもちろんのこと、より良い選択をするためのヒントが得られます。

■日本語版「選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義」シーナ アイエンガー(著) 櫻井 祐子 (翻訳) 文藝春秋 (2014/7/10)

■原著「The Art of Choosing」Sheena Iyengar (著)

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