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概要
今回は社会心理学者エミリ・バルセティスさんの、人が持つ認知と世界の受け止め方の話です。彼女曰く、私たちはそれぞれ心のフィルターを通して世界を認識しているとのこと。私たちは世界の見方を変えることで物事の感じ方、能力の発揮の仕方まで変わり、あたかも実際の世界を変化させることができる、そんな発見と驚きに満ちた動画です。
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スピーカーー:エミリ・バルセティス 社会心理学者 / Emily Balcetis Psychologist
私たちは世界を心の目を通して見ている。【スピーチ要約】
視覚は人の持つ五感の中でも最も重要で優先順位が高い感覚です。でも、人は知覚だけで認識している訳ではありません。120人を対象に、人の表情写真からその人がどんな感情であるかを当てて貰う調査をしました。その結果、人によって回答は様々でした。全く同じものをみていても、私たちは心のフィルターを通したあとに見るために感じ方・捉え方はそれぞれ違うのです。知覚は主観的なのです。
ダイエットの話をしましょう。ダイエット中の人はリンゴをダイエット中でない人よりも大きく感じます。スランプあがりのソフトボール選手は打率が良い選手より野球ボールを小さく感じるかもしれません。政治にもこの知覚は影響します。エミリさんの研究チームでは、2008年バラク・オバマ氏が大統領選に初めて立候補した時、何百人ものアメリカ人を対象に選挙の1か月前に調査をしました。調査の内容はオバマ氏の写真をそれぞれ人為的に明るく、暗く加工したものを提示し、どちらがオバマらしいかと問い、その印象とその人が後の選挙で誰に投票したのかを調べるものでした。肌が白っぽく見えた写真をオバマらしいと思ったアメリカ人の75%が選挙でオバマ氏に投票し、暗く加工した写真をオバマらしいと認識した89%の人たちはライバルのマケイン氏に投票したのです。
これは一体何が起こっているのでしょうか?人や物や出来事を見る時、見え方が人によって違うのはどうしてでしょうか?理由は沢山ありますが、一番重要なのは私たちの目の作用を知ることです。視覚科学者の見解では、私達が受け取る情報量は相対的に少ないとのこと。鮮明にはっきりと正確に目に映る範囲は腕を広げた状態で見える片方の親指の表面積程度なのです。それ以外はぼやけており、私たちは目の前のものの大半を曖昧に見ていることになります。しかし私たちは見ている物を明確にし、理解しなければなりません。そのギャップを埋めるのが私達の心なのです。はっきりと見えている範囲を補うために私たちの知覚は主観的になり、心の目を通して世界を知覚しているのです。
エミリさんは社会心理学者としてこのような同じ物を見ているのに見解が分かれる時が最も好奇心を刺激すると言います。なぜある人は水が半分入ったコップを見て「コップ半分に水が入っている」と思い、ある人は「コップの半分が空っぽだ」と思うのでしょう?この疑問への最初の取り組みとして、エミリさんは研究チームと世界的に注目される問題である健康と運動について調査することにしました。世界中の人が体重管理に悪戦苦闘しており様々な方法でダイエットをしています。でも、その多くは失敗しています。それはなぜなのでしょう?当然単純な答えはありませんが、エミリさんの考えでは私達の心の目が足を引っ張ると主張します。ある人は運動することを他の人より難しく感じ、ある人は運動することを他の人より簡単に感じるのです。
検証の第一段階として各個人の客観的な身体の状態を測定しました。測定項目はウエスト周りとヒップ周りの比率です。ウエスト/ヒップ比が高い人は値が低い人より健康的でない事を示します。測定後、被験者に重りをつけてゴールまで歩く競争をするように指示しました。しかしその前にゴールまでの距離を 被験者に推測してもらいました。私達は、身体の状態が推測した距離に影響すると仮説を立てました。結果は、体型が崩れ不健康な人ほどゴールまでの距離を体調の良い人よりかなり遠くに感じました。私たちの身体の状態、心の状態は周りの状況をどう感じるかに影響するのです。私たちの身体と心は連携しあって世界の見方に影響を及ぼしているのです。
この知見から、強い意欲と確固たる運動目標を持った人は意欲が低い人よりもゴールまでの距離を近くに感じるのではないかと考えました。そこで二つ目の調査を行いました。今回も私達は身体の状態の客観的な測定のためウエスト/ヒップ比の測定といくつかの体力テストを実施しました。私達が被験者に結果を伝えた結果、大きく二つのグループに分かれました。一つのグループでは何人かの被験者はこれ以上運動をする意欲はないと答えました。彼らはすでに目標とした健康状態を手に入れ、これ以上何もする意欲がわかないと言いました。しかしもう一方の被験者は結果を伝えると運動により一層意欲的になりました。これらのグループの違いは何でしょうか?それは彼らがゴールする強い目標を持っているか、いないかの違いでした。再びゴールまで歩いてもらう前に距離を推測したところ、前回の調査同様ウエスト/ヒップ比の違いで距離の感じ方が異なることが分かりました。不健康な人はゴールまでの距離を健康的な人に比べて遠くに感じたのです。そして何よりも重要なことに、これは運動意欲が低い人にだけに当てはまることでした。運動意欲が高い人は距離を短く感じ、最も不健康なだらしない体型を持つ被験者でも、ゴールを健康な人と同じ位近くに感じたのです。
これは身体の状態でゴールまでの距離の感じ方が変わることの再確認であり、更にその変化には心の状態が強く影響することを示唆しています。近いうちに達成できるゴールに取り組んでいると考え、自分はゴールできると信じている人は運動することをより気楽に感じるのです。この結果から、エミリさんたちは距離の感じ方を変えて 運動をもっと簡単だと思わせる指導方法はないかと考えました。
エミリさんたちは「目標から目を離さない」戦略を編み出しました。実験では被験者たちに「ゴールに意識を集中すること、よそ見をしないこと、ゴールにスポットライトを当てて輝いていることを想像すること」が指示されました。余計なことを考えず、達成したい目標だけをみて、周りを見ないようにさせたのです。比較のための基準グループはこれまでどおり周りを見渡すように指示されました。ゴール付近のゴミ箱や街灯、他の人など他のことに意識を向けさせることでゴールまでの距離を遠く感じるだろうと予測されました。
実験の結果は「成功」でした。目標に集中する被験者はいつも通り周りを見ながら歩く被験者よりゴールが30%近く感じたのです。この結果は「達成する目標に意識を向け続ける戦略」で運動することが簡単に感じることを意味します。ではこの戦略で運動の質自体は向上できるのでしょうか?そこで次の実験では被験者にゴールまで歩く時、追加の重りを付けて貰いました。(各被験者の体重の15%の重りを足首に付けてもらいました。)負荷を与えることで、より体調改善に繋がる運動ができるからです。
結果はこちらも「成功」でした。常に目標を見続けた被験者は周囲を見ながら目標に向かう被験者より、運動をするのに17%少ない労力でできたと報告したのです。さらに、目標をじっと意識し続けた人達は周りを見回した人達より23%も速く動いたことが分かりました。つまり意識の持ち方で実際に彼らの運動に対する主観的な感じ方が変わり、客観的にも運動の性質の向上が見られたのです。私たちは物の見方を変えることで、お金をかけずにこのような素晴らしい結果を得ることが出来たのです。
ものの見方を変えれば世界も変わる
今回の動画はまさに「ものの見方、捉え方がいかに私たちの世界を規定するか」についての大きな気づきに繋がる話でした。何をやってもうまく行かないときは、世界はくすんで憂鬱に見えます。でも今なら落ち込んだときは仕方が無い、また別のものの見方があるはずだ、と思えます。世界は心の鏡。いつも不調であることは限らず、感じ方は自分の世界の受け取り方でいかようにも変えることが出来るのです。
動画でも触れた「重りをつけることでゴールまでの距離が遠くに感じる」ことは、普段私たちが外出するときや何か判断するときに重い荷物を背負っていると目の前の物事が困難で達成できないと感じやすいことへの気づきにもなります。身体的な感覚が知覚に影響するのです。極端な話ですが、普段から身軽にしておくことで困難を困難と感じなくなり、これまで苦手だったことにも取り組んでいこうという意欲を高められるのではないでしょうか。断捨離や不必要な物を持たないようにしよう、と思いました。
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