私が個人的にもよく読んでいる健康ブログ「パレオな男」の鈴木祐さんの最新刊「最高の体調」を読了しました。進化論をベースに豊富な科学的知見からなぜ現代人の体調が悪いのかを説得力を持って解説しています。テーマは大きく文明病、炎症と不安、腸、環境、ストレス、価値、死、遊びに分けられており、人類の体の基礎が形作られた狩猟採集民時代の生活と、工業技術が発達した現代の生活との比較対比をしながら現代人の病理にメスを入れていきます。本記事ではその中で私が印象に残ったことをまとめます。こんなに内容が濃くためになる内容で1480円+税は安いと思います。
目次(Contents)
文明病
現代人の抱える多くの病理は遺伝のミスマッチが原因です。人の体の進化が現代の社会の発展に追いついていないのです。かつてないレベルでのカロリー摂取で肥満が増え、心の側面でも刺激過多な状況が脳の扁桃体(不安を司る脳のアラーム機能を持つ部分)を過剰反応させて常に不安や焦燥を抱えるようになっています。豊かになればなるほど鬱病が増えるのは、その人自身が悪いのではなく、そもそも人体が現代社会に適応しきれていないからです。
炎症と不安
炎症は体を老化させ、健康をむしばんでいきます。長寿で健康な人は体の炎症レベルが低いです。謎の不調と炎症は大きく関係しており、カロリー過多の生活によって内臓脂肪レベルが高まると常に体は炎症を起こしている状況になります。鬱病も、脳内のセロトニン分泌の問題ではなく、脳の炎症が原因であると最近の研究は実証しています。
現代人が慢性的な炎症に悩まされるようになったのは、
1,古代には少なかったものが現代には多すぎる
2,古代には豊富だったものが現代では少なすぎる
3,古代には存在しなかったものが現代では存在する
などの環境の変化があります。具体的には1はカロリー摂取・夕方以降の光刺激・人間関係、2は睡眠・食物繊維・運動、3はデジタルデバイスやトランス脂肪酸といった加工食品・孤独の問題などが挙げられています。古代は村社会であったため孤独は滅多に起こりえず、孤独は最も現代人の健康をむしばむものであると指摘されています。また現代は不安の時代であり、古代では猛獣と直面したときだけに発生するはっきりとした短い不安(闘争or逃走反応)だったのが、現代では長期に続くぼんやりとした不安が人々の健康を脅かしています。人のストレス感知システムは、このような長期的なストレスや不安に上手く対応できるような仕組みになっていないのです。
腸
現代人は清潔になりすぎて、体にとって良い細菌までも殺してしまうためにアレルギーに悩まされるようになりました。清潔な環境が、人の体にとって良い菌を接触する機会までもなくし、結果として人は弱くなってしまったのです。腸内細菌は人類にとっては長年の友であり、免疫力やメンタル面の安定にも大きく貢献してきました。しかし、腸内細菌は加工食品や抗生物質などにより、大きなダメージを受けるようになりました。そのため、意識して発酵食品や食物繊維を大量に摂取することが健康には欠かせないと本書では指摘しています。
環境
人は自分が想像している以上に環境に左右される生き物です。人は自然を失ったことで、あまりにも多くの電子機器類に囲まれるようになりました。孤独という環境に悩まされる人も激増し、多くの「興奮」と「脅威」の刺激にさらされた都会人はメンタルを病みやすく、健康を損なりやすくなりました。
対策としては散歩や公園を活用したり、写真などの擬似的な体験でも良いので、多くの自然に接する機会を持つことがストレス解消に大きく寄与します。夜にはしっかりと暗くして、パソコンやスマフォなどを控えることも重要です。
孤独の悪影響は非常に強く、タバコ以上の炎症を体に引き起こします。一人でもいいので、何でも話せる親友を持つ事が孤独のストレスを大幅に低減します。友人を作るにはその人を「信頼」してあげることが重要です。人を「信頼」することが相手とって最高のプレゼントになります。
ストレス
過剰なストレスは全身をボロボロにしていきます。かつてストレスは一瞬で終わるものでした。現代は長期的で複雑な解決が難しいストレスが多いです。対策として、ストレスへの認知を変えることで、ストレスの悪影響を抑えるやり方があります。(ストレスを悪いものと思うのではなく、ストレス反応を自分にとって良いものに変えること→「ストレスと友達になる方法」ケリー・マクゴニカル TED動画レビュー)
最もストレス解消に効くのが良質な睡眠で、睡眠をとるためにはメラトニンホルモンをきっちり出すようにすることが重要です。朝日の光をしっかり浴びて、夜には照明をしっかり落とすことが肝要です。睡眠負債は自分でも気づかないうちに溜まっていきます。昼寝や昼間に15~20分ほど目を閉じるだけでも回復には効果があります。スマフォをいじる時間が長い人ほど不安を感じている傾向があり、短期間デジタル断ちをしてみるのも有効です。
また、ウォーキングなどの軽い運動でも体や脳に与えるメリットはとても大きいことが指摘されています。
価値
現代人が抱えがちなぼんやりとした不安は未来が遠いために起こります。「未来が遠い」とは「先行きの不安を感じること」であり、いつ解決するかも分からない、フィードバックもいつ貰えるかも分からない長期的な視点や行動を求められる現代人特有の状況です。狩猟採集民の生活では未来という概念は限りなく薄く、活動は一日単位で完結するものでした。未来との心理的距離を近づけるほど人は不安に強くなります。なぜ自分は生きるのか、自分はどういう目標に向かっているのか、その目標を達成することで何を得られるか、という価値観があいまいでぼんやりしていることが自分と未来を遠ざけ、幸福感の減少に繋がっているのです。自分の人生の目標を具体的に明確化していくことで、自分は今何のためにこの行動をしているのか納得できるようになり、その納得が幸福感に繋がります。
死
私たちは生きている間、多かれ少なかれ誰もが無意識的に死への恐怖を感じています。遠い未来にある漠然とした死の予感に対してストレスを感じているのです。「自然」「アート」「人」に畏敬の念を抱くことで、心理的な不安や体内の炎症レベルが低くなるという研究が紹介されています。自然や芸術といったスケールの大きい対象に接することで私たちは畏敬の念を感じ、そのことが自分をちっぽけな存在と意識させ死への恐怖そのものを低減させる効果があるのです。
また瞑想についても述べられており、ただ瞑想をすれば何でも解決ではなく、瞑想を通じて得たマインドフルネスの感覚を実社会に応用して初めて効果があることを指摘しています。マインドフルネスの感覚とは「今ここ」の感覚であり、自分が一体何を考え、感じているのかを距離をとって離れて見つめることです。その結果、感情や思考の客観視ができ心のしこりがほぐれ、意思力が高まって自分の本当にするべき行動に集中できたり幸福感が高まる研究が出ています。本書では瞑想という行動自体は万能ではなく、そこから得たマインドフルネスの感覚をより意識するよう促しています。
遊び
遊び心を持った人ほど幸福な人生を送れる研究が紹介されています。現代は娯楽が溢れているのに、幸福感が少ない人が多いのは遊びの質が劣悪だからと言います。今は仕事で大きな成果をあげるにしても長期間努力を継続しなければならなかったり、ルールが複雑なことが多くてなかなか達成感や幸せをフィードバックとして得られる機会はありません。かつての狩猟採集民の生活はルールがとてもシンプルでした。狩りをすることで直ぐに結果がフィードバックとして返ってきますし、新しい武器を発明したり、家や建物も自分たちで材料集めから作っていたのでその過程自体がゲームと言えるものでした。現代に求められているのは人生のあらゆる面をゲーム化することだと本書では言います。ゲーム化するとは、自分でルールを作って生活を送ることです。
感想
満足度は100%。ちまたに溢れる医者の書いた本や健康テレビ番組をどれだけ集めてもこの本1冊には勝てないでしょう。根拠に裏付けられた情報量に圧倒されるばかりです。本書の著者のブログ「パレオな男」は学術論文をベースに科学的知見を多く紹介しています。健康・ヘルス分野ではトップクラスのブログで、匹敵するものは無いと思います。(「パレオな男」ブログを知ると自分で健康ブログを運営する気は一切なくなるほどです。)私としては著者の鈴木さんはすごくマメで努力家なんだなぁ、と感嘆するばかりです。
この本の情報量は良質で多いため、体調不良に悩み、健康に興味がある人は持っていて損はないと思います。またブログをしている人にも、人のためになる記事のアイデア・着想などが得られる情報の宝庫です。必ずやプラスになる知識を得られるでしょう。
◆書誌情報
「最高の体調 ~進化医学のアプローチで、過去最高のコンディションを実現する方法~」
鈴木祐 (著)
クロスメディア・パブリッシング(インプレス) (2018/7/13)
ISBN-13: 978-4295402121
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