【感想】「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」Apple社のデザイン部署の裏側が覗けるドキュメンタリー。

【感想】「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」Apple社のデザイン部署の裏側が覗けるドキュメンタリー。
元Appleのプロダクトデザイナーで数多く大ヒット製品を生み出したジョナサン・アイブの伝記「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」を読了しました。2015年の出版で、ジョナサン・アイブという一人のデザイナーの半生を通じてApple社のデザイン部署の変遷がこの一冊で分かるようになっています。プロダクトデザインに興味がある人は本書を読むことで色々と感化される内容でしょう。

ジョナサン・アイブは恵まれた環境で育てられたエリートデザイナー。本書の大半は彼の仕事を絶賛していく内容。

本書全体から分かったのは、ジョナサン・アイブはかなり恵まれた環境で育ち、英国の名門デザインスクールで教育を受けたいわばエリートデザイナーであること。銀細工職人で教師をしていた父親のもとで育ち、幼少期から物作りやデザインに興味を持ち、その本人の強みを最大限に引き出された環境で育ちました。

彼の性格としては、寡黙で謙虚で仕事熱心。日本の職人に近い印象を受けます。

とにかく彼はデザインが好きで好きでたまらないようで、ずっと物作りのことを考えています。身近にあるプロダクトをみて、なぜこの造形なのか、この製品のここを良くしたらもっと良くなるのではないか?などをずっと考えている人物。まさに彼はデザイナーになるべく生まれたような存在なのでしょう。

逆に言えば彼のような思考に同調できる人はデザイナーに向いていると言えます。

彼の順風満帆なデザインエリートとしての半生と仕事を紹介していく内容が続くため、どうやってデザインが出来るようになるのか、どうやってそのようなデザインが生まれたのか、というようなデザインのイロハ、アイデアの発想法などを期待して読むとがっかりするかもしれません。

本書から学んだデザインのエッセンス

本書の殆どがジョナサン・アイブがいかに仕事熱心で、Appleのデザインが革新的であったかが述べられている内容ですが、ここで私たちでも使えるデザインの知識を抽出してみると以下の感じでしょうか。

デザインは外側を飾る単なる化粧では無い。ユーザーがどう使うか、使う人の体験も考慮してデザインされるべき。
シンプルで余分な要素を徹底的にそぎ落とす。ミニマニズムに傾倒したデザイン。
他と違う物をつくるのは簡単だが、良い物をつくるのは難しい。

ジョナサンアイブ自身は一つのデザインを完成させるのに尋常では無い数のプロトタイプを作っており、とにかくアウトプットの数をこなして少しずつ改善を積み重ねていく発想法はORIGINALSに書かれていた通りのことでした。

自分が良いと思ったデザインを完璧主義なほど徹底的に追求し、良い物を作れば売れるだろう、という職人寄りの思考を垣間見ることができます。

本書ではAppleのデザイン部署「IDg」を巡って、エンジニアリング部署とデザイン部署の力関係の変遷について書かれており、なかなか興味深かったです。スティーブ・ジョブズがAppleの経営に戻って強権を発動した結果デザイン優先の組織作りが成されたとのこと。低迷期のAppleはエンジニアリングの部署が力を持ち、デザイン部署はエンジニア部門の言うとおりに外側の化粧を整えるだけで、数打ちゃ当たる方式で色んな製品を生み出していました。それがシンプルに生産商品を絞り込み、少数精鋭で徹底的にデザインを追求する方向性に舵をとったことで革新的なiMacやiPod、iPhoneなどの製品が生まれたとのこと。Appleの成功は選択と集中の大切さをまさに体現したものでしょう。

批判的考察:ジョブズが亡くなったあとのAppleの迷走を見ると・・・

Appleはユーザーの使い心地よりもミニマリズムがもたらす要素をそぎ落とすことの気持ちよさの中毒になっている印象を受ける。

本書は2015年出版。全編にわたってにジョナサンアイブ(Apple社)のデザイン仕事を賛美している内容ですが、ここで批判的に考えてみるとスティーブジョブズ亡き後のAppleの生み出す製品は本当に良い物なのか?という疑念が浮かびます(2019年6月にジョナサンアイブはAppleを退社)。
 
・MacBookProはusbポートを削りすぎていて、ユーザーに不便を敷いている設計はどうなのか?
・iPhoneのイヤフォンジャックを無くすのはどうなのか?
・MacbookProはProと名前がついているけれどWindowsと比べて遙かにコスパが悪い性能なのはどうなのだろう?
最新のiPhoneでもusb typeCではなくライトニング端子にこだわるのはどういう哲学なのか?
 
かつてのフロッピーディスクのように、デバイスが進化していく過程には置き去りにされる技術が出てくるのは仕方ないですが、Appleはミニマリズムに傾倒する余りユーザーの使い心地を犠牲にしている印象を受けます。機能を削りすぎているというか。MacBookのusbポートについては少なすぎて多くの人が追加で増設usb装置を買っているのでは?と思います。デザインや革新性を優先する余り、削れば良いと思っているのではないか?と思ってしまいます。それなのに最新のiPhoneにライトニング端子にこだわり頑なにusbTypeCを採用しないという矛盾

見た目は美しいのですが、それだけというか。同じ値段でどれほど高性能のWindowsが買えるのだろう・・・。Appleのデザイン部署は断捨離をした時のあのスッキリした気持ちよさに囚われすぎているのだと思います。
 
いちユーザーとしてはiPhoneやiPod,iPadの発明は素晴らしいものの、ここ最近のApple製品は革新とデザイン性に縛られる余りちょっとユーザーを置き去りにしている印象を受けます。本書で絶賛されているAppleのデザインは主にハード面に当てはまると私は感じていて、ソフトウェア分野での使い心地は明らかにWindowsの方が使いやすいと私は思います。(iTunesは重いし、管理しにくい。写真アプリなんかよりかつてのiPhotoの方が断然使いやすいと思っています。)

まとめ・感想 Apple社のデザイン部署の裏側を追ったドキュメンタリーとして読もう。

ジョナサンアイブはその功績で大英帝国勲章をもらい、大成功し超大金持ちになっています。デザイナーを目指す人にはこれほど夢のある職業人生を送った彼の半生は刺激になるでしょう。

Apple社製品のデザインの魅力を追ったドキュメンタリーとして興味深く構成されていますが、ここから得られた知見を個人や一般企業がそのままマネをするには潤沢な資金が必要になるし、それこそ彼を見習おうとするにも時運や環境が恵まれていないと実践できません。多くのデザイナーは下請けで、センスの無いクライアントの言うことに振り回されて残業したり、ダサいデザインを作らざるを得ない状況にいます。ジョナサンアイブのようなことをしたければ、デザイナーが力や発言権を持つ組織に行くしかないでしょう。

結局はジョナサンアイブがこれほどの仕事が出来たのも、組織力によるところが大きいと思います。潤沢な開発資金と徹底的な作り込み・・・考えてみると任天堂とAppleって凄く似ているかもしれません。

余分な物をそぎ落とし、徹底的にこだわり、新しい価値を生み出す。シンプルなデザインは日本の無印良品の思想にも通じるものがありますし、Apple社のデザイン哲学は日本人には馴染みやすいものではないかと思う読後でした。

■日本語版「ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」 リーアンダー・ケイニ― (著), 林信行 (その他), 関美和 (翻訳) 日経BP (2015/1/9)

■原著「Jony Ive: The Genius Behind Apple’s Greatest Products (English Edition)」Leander Kahney (著) Portfolio (2013/11/14)

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