サイエンスライター鈴木祐さんの「ヤバい集中力」を読了しました。科学的根拠に基づいた集中力科学の集大成といった感じで、いざ実践するのは難しいものの、人がもつ集中力についての知見が総括的にまとめられた良著です。読んでみて学んだことや考えた事、気づいた事をまとめます。
目次(Contents)
進化心理学の知見から集中力についてみていく
本書のユニークなところは人の持つ集中力について、獣とそれを操る調教師の二つのメタファーで説明しているところです。
獣とは人が持つ本能的な性欲、食欲、睡眠欲など原始的な欲求に突き動かされる部分で、ありとあらゆる刺激に敏感で、注意散漫、易きに流れて自分に甘い選択や行動を促します。一方で調教師とは理性や合理的な判断を司る人を人たらしめている部分です。将来性を見据えて、誘惑や刹那的な快楽に抗い今やるべき事に集中する役割を持ちます。
この調教師は獣には絶対に勝てないのがポイント。
私たちはどうあがいても本能的、感情的な欲望には勝てないため、うまくそれらを手なずける必要があります。
集中力と食事について
本書で紹介された研究によれば、カフェインが集中力増加に効果的だそうで。さらに緑茶と合わせて飲むとカフェインの副作用を抑えることが出来るとか。ただ、朝一はストレスホルモンであるコルチゾール(人が自然に覚醒するために起床時間にあわせて高まっていくホルモン)が高まっているため、朝目覚めてから90分間はカフェインを摂取しない方が良いのだそう(カフェインの副作用で不安や焦燥などが出やすくなる)。
実際私も午前中の緑茶とコーヒーを交互にとるのは実生活で取り入れていて、頭がスッキリとする効果を実感しているので、なるほど実証されているやり方だったのか、と本書で気づきました。
他にも食事の観点からジャンクフードや加工食品の摂取を改めることで集中力改善に繋がる研究が紹介されています。「最高の体調」でも感じましたが、食事を重視するのは著者の鈴木さんらしいな、と思います。ただ、個人的には食事を改善するのはとても難しいと感じていて。食事を変える=習慣(環境)を変えるようなもの。まずは意識して菓子類や加工食品を減らそうと思うきっかけになりました。
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・セルフ・ライセンシング(モラルライセンシング)とは?良いことをした後に自分に甘くなる現象
報酬の予感と達成感で獣を手なずける
人がなぜギャンブルに夢中になるのか。それはあと少しで当たるかもしれない、という報酬の予感があるからです。私が大学生の頃学んだ学習心理学ではレバーを押さえると餌が出てくるラットの実験があって、餌の排出(報酬)に間隔(ランダム性)があると夢中になってラットがレバーを押し続けることが動物実験で明らかになっています(気になる人は「メイザーの学習と行動」を読んでみてください)。まさに現代にあるギャンブルやソーシャルゲームの課金システムなどはこのラットの実験の人間バージョンだな、と本書を読んで思います。
こうしたギャンブルやゲームに組み込まれた報酬のシステムは人の獣の部分を掻き立てることにとても優れています。この報酬の仕組みを上手に集中力に活かすにはどうすれば良いのか?について本書ではかなり具体的にプランニングの方法を紹介しています。
私が本書から感じ取ったエッセンスは以下の感じで、
・自分にとって、優しすぎず、難しすぎないちょうど良い難易度のタスクに取り組む
・今目の前の仕事に意味を感じる。どんなメリットや報酬があるかを感じやすくする。報酬を予感出来るかたちで締め切りを設けたり計画を立てる。
・実際に計画をするに当たって障害となる要素を考えてみる。
・簡単なタスクを休憩に取り入れて達成感を得る(カレンダーに印を付けたり、日記に記録したり)。
個人的には報酬の予感を感じられるようにすることと、事前に障害となる要因を把握して置いてそれに備えることが特に重要でしょうか。妨害され、上手くいかない要因を把握することが集中力改善の一歩に繋がります。
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締め切りを設定した方が良いのは、あまりにも未来のことだと報酬の予感を感じられず、自分の事として感じないからです。明確に期限を設け、逆算して1日の配分を割り当てることで、目の前のタスクをこなせばいずれは目標を達成することが出来る実感を得ることが可能となります。
また、人には行動するほどやる気が出る作業興奮の原理が備わっていて、まず行動をするうちにやる気や集中力が向上していくことが確かめられています。適度に生活の中で達成感を感じるようにする仕組みを作ることが重要だと思いました。
意思力消耗論は気分の問題?
長らく人が持つ意思の力は消耗する、という説が有力でした。これは1日に使える意思力には限度があるから、何かを我慢したり、仕事が終わった後は意思力が低下して自分に甘い行動を取りがちになることを上手く説明していました。疲れたから今日の勉強はやーめたってなりますよね。
でも、最新の研究では意思力の問題は気分の問題ではないか?とする説が有力とのこと。どんなに疲れている時でも気になっている人から一緒にデートをしようと誘われたり、もしこの課題を1時間以内にこなせなかったら殺されるような状況では人は集中できますよね。
そうした極端な事例を出さなくても、結局は気分が乗らないとき、疲れている時には集中を保つのは困難になります。ネガティブな気分や気がかりを抱えていても、そうした気分に気づきつつも、気分と行動を切り離してしっかりと目の前の事に集中することが重要です。
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幸いにも獣の衝動(誘惑に負けそうになる気分)は長続きしません。5分、長くても10分間獣の衝動を抑えて、切り抜けられれば、注意を逸らす刺激に集中力を持って行かれる危険性はかなり低くなります。
場所の持つ力とピアプレッシャー。やっぱり環境って大事。
仕事は仕事、遊びは遊びと分けた方が集中が持続するようになります。可能であれば、仕事場とプライベートを分ける、仕事用端末と息抜き用の端末を別にするのが効果的。ついスマフォをいじってしまう人は物理的に仕事以外のアプリを削除したり、電源を切ったりして直ぐには手の届かないところに閉まっておくことも重要になります。
周囲の人間や環境から大きく影響を受けるので、モチベーションが高く生産性が高い人が近くに居るほど、ピアプレッシャーが良い方向に作用して集中力も高まります。つい自宅に居るとだらけてしまう学生やフリーランスの人は集中して作業している人が多い図書館やカフェ、シェアオフィスなどの活用を考えてみるのも良いかもしれません。場所ごとにこの場所は○○をする場所だ、と体に覚え込ませるのがポイント。
感想・まとめ 情報が多い時代ほど集中力が価値を持つ。科学的に裏付けされた集中力のトリセツ。ただ実践は難しい!
情報が多い現代ほど集中力が重要です。ついネットサーフィンをしてしまったり、スマフォゲームに興じてしまったり、気になることに注意を持って行かれて全然仕事が進まなかったり・・・必要な事にしっかり集中するために、人間の持つ集中力の特徴について知る事は強みになります。
著者の鈴木祐さんはサイエンスブログ「パレオな男」を運営しており、当サイトでも彼の著作である「最高の体調」を紹介しました。
全てが科学的根拠に基づいており、統計的に効果量の裏付けも取られているのが最大の強みで、信頼性はダントツでしょう。
本記事には取り上げませんでしたが、個人的には「自分はこういう人間である」というセルフイメージ(セルフスキーマ)が集中力に影響していること、行動する前の儀式を習慣化することで獣の部分をコントロールして行く箇所も印象に残っています。
ただ、全体的に認知行動療法的で概念的。高度な内省力、自省力が問われる内容です。(まさに本書で言う”調教師”のトレーニングブック。)。色んな心理学系の本を読んできた私の場合は本書で紹介されていた内容もなるほど、と頭に入ってくる感じがして、良い意味でこれまでの知識の復習になった読後感ですが、普段心理学系の本を読まない人が本書の内容をキチンと実践するかどうかはだいぶ個人差があるかと思います。本書の内容を全て愚直に実践できる人は何%居るのだろう?
それほど集中力を維持して高めるのは並大抵では無いですし、現代の情報刺激に溢れた時代ほど気を引き締め、意識して情報を取捨選択しないと直ぐに注意散漫の沼に沈み込んでしまうということです。
そして個人的に集中力増加のライフハックとして大きく寄与しているスタンディングデスクについて触れられていないのが残念でした。要するに座らずに立って仕事をする事で適度な緊張感(ストレス)が集中力や生産性を高める、というものですが、実はこれが私の人生の中で最も生産性を上げてくれた方法なんですよね・・・。鈴木さんも実践していると思うのですが、本書の趣旨には合わなかったのでしょうか。
本書ではかなり膨大に集中力に関しての知見が紹介されていますが、実践してみて感じるのは、
・そもそも注意力を逸らす刺激から距離を置くこと。そうした刺激に触れないこと。
・自分の感情や思考を客観的に見つめる事。脳内で実況中継するような形で、「あ、いま自分は集中がそれて誘惑に負けそうになっているんだ」、「今ネガティブな情報に触れてイライラした気分に陥っているな。」といった感じで、今起こっている感情に気づいて今起こそうとしている行動を冷静に眺めること。
が最も集中力を高めるのに役に立った感じです。そもそも誘惑刺激に触れないのが第一で、誘惑に触れて気がそれそうになっても注意がそれそうになった自分に気づいて、集中するべきタスクに注意を戻していくという感じというか。
ここまで書いてみて思うのですが、集中力に関しては自分で実践してみてトライアンドエラーをするのが一番ですね。すぐには完璧な集中力を身に付けるのは不可能です。本書は集中力改善という大きな山登りの一助となることは間違いなく、自分の集中力に関心がある人はぜひ手に取って読んでみるべき一冊です。
■「ヤバい集中力 1日ブッ通しでアタマが冴えわたる神ライフハック45」鈴木 祐 (著) SBクリエイティブ (2019/9/20)
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